
天正3年(1575)5月――。 長篠の戦いにおいて、武田軍は三倍の兵力を擁する織田・徳川連合軍の前に、壊滅的な敗北を喫する。撤退という道も残されていたはずの彼らは、なぜ無謀ともいえる決戦へと突き進んだのか――。 長篠城を包囲する武田陣営に、織田信長自らが大軍を率いて来援するとの急報が届く。陣中は騒然となり、武田勝頼とその佞臣ら主戦派、そして信玄の恩顧を受けた宿老たちによる慎重派は鋭く対立。 信長・家康との雌雄を決する覚悟を固めていた勝頼は、武田家の象徴たる「御旗」「楯無」に決戦を誓う。もはや、後には引けない。 この決断に反発した重臣たちは密かに結集し、いかにして合戦を回避するかを巡って軍議を重ねる。武田家を守るために戦を避けるのか、それとも武門の誇りを貫くのか。揺れる思惑のなか、陣中に現れたのは、美濃岩村城代・秋山虎繁と、その妻であり信長の叔母でもあるお艶の方だった。二人は、ある“秘策”を携えていた。 やがて同年、信長の命により命を奪われる秋山虎繁。そして、お艶の方。 本作は、二人の視点から物語を紡ぎながら、不戦を唱えていたはずの重臣たちが、なぜあえて“負け戦”を選んだのか、その真相に迫る。 それは敗北の物語ではない。 誇りと覚悟を胸に、歴史の奔流へ身を投じた男たちの選択の物語である。
武田信玄の父であり、甲府を開府した武田信虎は、自身の息子信玄に追放された。30年ぶりに甲府に帰還しようとしたが、信玄の上洛作戦が頓挫したことを知った信虎は、再び国主への返り咲きを試みる。武…
>>続きを読む西暦1600年10月21日。長く混迷を極めた戦国時代に終止符を打ち、その後の日本の支配者を決定づけた、戦国史上最大の天下分け目の決戦“関ヶ原の戦い”。その決着に要した時間はたったの6時間だ…
>>続きを読む天正10年(1582年)本能寺の変。一代の英雄織田信長が死んだ―。跡を継ぐのは誰か?後見に名乗りを上げたのは2人。筆頭家老・柴田勝家(役所広司)と後の豊臣秀吉・羽柴秀吉(大泉洋)。勝家は、…
>>続きを読む豊臣軍にケンカを売った、でくのぼうがいた。
慶応3年(1867年)、大政奉還。260年余りに及んだ徳川幕府は終焉を迎え、諸藩は東軍と西軍に二分していく。 慶応4年、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発した。越後の小藩、長岡藩の家…
>>続きを読む戦国時代。甲斐の武田信玄が「我もし死すとも3年は喪を秘せ」との遺言を残してこの世を去った。弟の武田信廉ら重臣たちは、織田信長や徳川家康が放った間者の目を欺き、「信玄死す」との噂を打ち消すた…
>>続きを読むロシアの南下政策が進行する中、ロシアの強大さを熟知する伊藤博文は戦争回避を訴えたが、明治天皇は御前会議で開戦の決議を下す。陸軍によって新たに設けられた第三軍の司令官を命じられた乃木希典は、…
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