
奥山常務は新設工場を点検中、手違いから顔に大火傷を負い、頭と顔を繃帯ですっかり覆われた。彼は顔を失うと同時に妻や共同経営者の専務や秘書らの対人関係をも失ったと考えた。彼は妻にまで拒絶され、人間関係に失望し異常なほど疑い深くなった。そこで彼は顔を全く変え他人の顔になって自分の妻を誘惑しようと考えた。病院を尋ねると精神科医は仮面に実験的興味を感じ、彼に以後の全行動の報告を誓わせて仮面作成を引受けた。彼は頭のレントゲンを受けながら、ふと以前見た映画中の旧軍人精神病院で働く美しい顔に、ケロイドのある娘、ある夜戦争の恐怖におびえてか、兄に接吻を求めた娘、そして夜明けの海へ白鳥のように消えていった娘の姿を思い出すのだった。そして彼は或る日医者がホクロの男の顔型を借りて精巧に仕上げた仮面、その他人の顔をした仮面をつけて街へ出た。ビヤホールでは女給の脚に目を奪われた。医者はそれを仮面の正体の現われと評した。彼はアパートに二部屋をとり他人の顔になりきろうとしたが、管理人の精薄の娘に繃帯の男だと見破られた。しかし会社の秘書が気付かないと分ると、彼は妻を誘惑し姦通した。妻を嫉妬し激しくなじると、彼女は初めから夫であることを知っていたと告げ、立去った。彼は夜更けの通りを歩きながら、「自分は誰でもない純粋な他人だ」と咳き、衝動的に女を襲った。巡査は診察券を持つ彼を気違いと思って医者を呼んだ。医者は仮面の返還をせまった。彼がこばむと「君だけが孤独じゃない。自由というものはいつだって孤独なんだ。剥げる仮面、剥げない仮面があるだけさ」と彼を避けるように歩き出した。更に医者が「君は自由なんだ。自由にし給え」と彼をふりきるように言うと、彼はいきなり医者からナイフを奪うと刺し殺した。彼等の背後を同じ顔をした群衆が流れてゆく。
『箱男』 ――、それは人間が望む最終形態、すべてから完全に解き放たれた存在。ダンボールを頭からすっぽりと被り、都市を徘徊し、覗き窓から一方的に世界を覗き、ひたすら妄想をノートに記述する。カ…
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