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霧の音
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『霧の音』に投稿された感想・評価

木暮実千代が山小屋で揚げてる天ぷらのことしか覚えてなかったーフィルセンのフィルムでみられて嬉しい。しつこいくらいの清水宏な横移動、霞のなかの上高地、山の上に漂う雲。すれ違いの美学に被せる伊福部の音楽。全員がそれぞれ年をとっていくのをみているだけで泣いてしまう。まさかの名古屋弁の浪花千栄子、ご機嫌さんでただ酔っ払ってるあの笑顔みてももう泣ける。
冒頭の横移動から、清水宏の技術の結晶のような作品であることはわかるのだが、大映の技術スタッフの力量の凄さがむしろこの映画を窮屈で堅苦しいものにしてると思う。これほど滑らかに、人物の動きを捉えること自体が凄すぎるのだが、その技術故に全てが映画の論理で組み立てられすぎて見えることに清水自身はどう思っていたのだろうか。個人的には『大学の若旦那』の荒々しい横移動こそが清水にしかできない単純さだと思うのだが。視覚的な形式でいうと、画面の端に置かれて静止する人物にきちんと焦点が当てられるように演出する律儀さを感じて、しかしそうした人物の繊細な視線の動きや表情の微細な変化に向かうのもどこか内面描写として回収されてしまうことが物足りなさを感じる。
溝口の空間描写は常に内と外の濃密な相互作用が働いているが、大映の技術の洗練が清水の演出と組み合わさると、画面の中から外へ拡散されるのではなく、逆方向の外から中へと集中を高めるような古典的な演出にとどまってしまっているように思われる。
もうひとつ、この流麗な語りに関連するのだが、繰り返される小屋の外の移動撮影によって時間の経過が示されるという描写がやはり単純明快ではあれど、最後に「そして今年」と示されるテロップが置かれたショットのみカメラの絞りを利用した?光の変化を捉えたものとなっており、それまでの時間の経過とは違うものであることが認識されるのだが、それでもやはり単純なリニアの時間軸で物語られていることはどうしても反発したくなる。

そうはいってもラストで亡くなったと知らされた上原謙が木暮実千代のために折り鶴を折り、そこで木暮が亡くなるまで上原を思い続けていたことが明かされる語りが被さるシーンの描写は何とも儚く無常感に溢れ、胸は締め付けられるのだが。
それになにより、ほとんどをこの山の中の小屋の描写だけで描き切っているという点において、フォードの『荒野の女たち』を先取りしているのは流石という他ない。
スレ違い続けるメロドラマで、舞台が山小屋の旅館。泣いた。

世間から隔離され時間の流れの無い場所で数年ごとに出会うって設定からして『秋津温泉』を彷彿とさせる。
オープニングの森の中のシーンや、なくなった彼女の墓に鶴を供えるべく夜霧の森を歩くシーンでの移動撮影が見事。
特に後者は『サンライズ』みたいだったよ。
(因みに主人公の教授はドイツのサイレントの俳優みたい)

ちらっと出てくる浪花千栄子の演技が異物のように浮いてた。

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上映日:

1938年07月07日

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