
ベトナム戦争終盤を迎えていた1972年、アメリカ軍は破損した戦車を神奈川県相模原市の相模総合補給廠で修理し、再び戦地に送るべく横浜ノースドックへ輸送していた。「戦争に加担するなんて許せない!」と憤った市民がノースドック手前で座り込みを敢行。戦車の輸送は断念された。それをきっかけに相模総合補給廠の前にはテントが立ち並び、およそ100日間におよぶ抗議活動がはじまった。映画『戦車闘争』は、座り込みに参加していた者から彼らを排除する側まであらゆる当事者、さらには専門家など総勢54人の証言によって、この日本現代史上希に見る政治闘争の顛末を明らかにする白熱のドキュメンタリー
沖縄で起こる数々の問題。辺野古基地-問題。国際大学ヘリコプター墜落事故。オスプレー騒音、墜落問題。古くはコザ蜂起(暴動)、由美子ちゃん事件等。多くの日本人が、それら県民の苦悩を知る機会は少…
>>続きを読む1967年10月8日。佐藤栄作内閣総理大臣(当時)の南ベトナム訪問阻止を図った「三派全学連」を主体とする第一次羽田闘争は、その後過激化する学生運動の端緒となる事件だった。はじめてヘルメット…
>>続きを読む男は、ガジュマルをこよなく愛した。「どんな嵐にも倒れない。沖縄の生き方そのもの」だと。那覇市を、かつてたった11ヶ月だけ率いた、その男が好んで使った言葉がある。それは「不屈」。 1945…
>>続きを読む全ては革命のため、だった ― 1972年に起こった「川口大三郎事件」を契機にエスカレートしていった内ゲバの真相を、当事者たちの証言パートと鴻上尚史演出の劇パートを交えて立体的に描く、悔恨と…
>>続きを読むカメジローは230冊を超える日記を詳細に書き残していた。そこには、妻や娘らと過ごす家族の日常 や政治家・夫・父親など様々な顔があった。その日記を丹念に読み解き、改めて生涯を描くことでカメ…
>>続きを読む慰安婦たちは性奴隷だったのか?強制連行は本当にあったのか?慰安婦問題論争の日・米・韓の中心人物にインタビューを敢行し、激しく対立する互いの主張を丁寧に聞いていく。さらに、多くのニュース映像…
>>続きを読むノーベル平和賞候補になり、朝日賞や埼玉県民栄誉賞などを受賞した水墨画で風景画家の丸木位里(1901‐1995)と人間画家の丸木俊(1912‐2000)夫妻は、「日本人側から見た記憶を残して…
>>続きを読む(C)2020 戦車闘争の映画をつくる会/フィルム・クラフト