薄れゆく記憶の中で、過去に体験した惨劇の記憶を語る母を撮影したノンフィクション。

タイトルに「イデオロギー」という物騒な言葉がついているので身構えてしまうが、イデオロギーは深掘りしていない。大阪で生まれ育った在日外国人の闊達な母とその娘と恋人のやりとりと、次第に健忘症に侵されていく彼女が描かれる。
この映画のキーである「済州島４・３事件」の経験を語る様子が映し出されるが、語るシーンはごくわずか。
事件自体はアニメーションで簡単に説明されるが、そこをもっと掘り下げてほしかったので拍子抜けだった。
ただ、壮絶な戦時経験をした一人の人生の積み上げとその終わりを見る物悲しい作品だった。

現在では観光地として有名な済州島。しかし1948年、28万人が住んでいたこの島で虐殺が行われ、1年間で3万人と言われる死者がでる。１割というのは少なそうに見えるが、高齢者や女性や子どもがいることを考えると、働きざかりの男性をほぼ皆殺しにしている数だ。その結果、島外逃亡が続き、10年後には９割減の人口3万人になってしまったともいわれています。

事件の原因は、共産派パルチザンが済州島の国家独立を掲げ韓国軍と対立したため…とも言われるが、韓国政府が伏せてきたため全貌は未だ明らかになっていない。

母が事件について語っているのはわずかな記憶のみで、体験した記憶なのかどうかも怪しい。なくなりつつある彼女の記憶からすくい上げられたのがスープであり、すくいあげられなかったのがそのイデオロギーだろう。

家族・親戚一同を韓国軍に殺された済州島出身者は、戦前教育で日本語が理解できるので、密航して日本に逃げる。
しかし日本の韓国コミュニティでは、済州島出身者は厳しい目を投げかけられ孤立する。そして、彼らは行ったこともない北朝鮮の支援を受け、その支持者になる…というスキームが出来上がってしまったようだ。

国際的なならず者国家を支援することは決して許容できない。ただ、寄る辺のない小さな個人に他にどんな選択があったのだろうか。
歴史に流される個々は善悪では語れない。考え始めると止まらないのでこのへんで…。

記録

今年の1月に亡くなったオモニは｢帰国事業｣で3人の息子を北に奪われ、娘の旦那さん(日本人)のことを4番目の息子だと言っていたと舞台挨拶で聞き、泣いた。
さらにこの作品では、オモニがずっと隠していた「済州4・3事件」という大量虐殺で婚約者を亡くしていたことがアニメも使って描かれる。
これほど日韓の歴史に翻弄された人生があろうか…。

その娘ヤン・ヨンヒは、独身のまま50代で映画監督となっていたが、旦那とプロデューサーを同時に手に入れた。アボジは日本人と結婚してはダメだと言っていたが、これ以上の旦那はいないであろう。
ヨンヒ監督は『Dear Pyongyang ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』そしてこの作品でドキュメンタリに区切りがついたので、劇映画を作ると言っていた。期待したい。

あの鳥のスープ料理はサムゲタン(参鶏湯)だと思う。北朝鮮に行ったとき、ツアーのオプション料金を払って食べたが、おいしくなかった。南が本場だったか？
ついでに言うと、名物だという平壌冷麺もまずかった。麺がゴムのようで、本当にゴムから作ったのではないかと思った。笑