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ダンテの遺稿
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目次

ダンテの遺稿が配信されているサービス一覧

配信サービス配信状況無料期間と料金
Netflix見放題なし 790円(税込)〜 1,980円(税込)
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ダンテの遺稿が配信されているサービス詳細

Netflix

ダンテの遺稿

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配信状況無料期間と料金
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なし 790円(税込)〜 1,980円(税込)
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ダンテの遺稿の作品紹介

ダンテの遺稿のあらすじ

作家ニックはダンテ自筆の「神曲」鑑定のため闇社会へ足を踏み入れ、14世紀に生きるダンテの孤独な戦いと交錯していく。 Netflixで2026年6月24日配信開始

ダンテの遺稿の監督

ジュリアン・シュナーベル

原題
In the Hand of Dante
製作年
2025年
製作国・地域
イギリスイタリアチリアメリカ
上映時間
150分
ジャンル
ドラマミステリークライム

『ダンテの遺稿』に投稿された感想・評価

kuu
3.8
『ダンテの遺稿』
原題または英題 In the Hand of Dante
製作年 2025年。上映時間 145分。
製作国 イギリス・イタリア・チリ・アメリカ合作

21世紀のニューヨークと14世紀のイタリアという二つの時代を交錯させながら描く、ジュリアン・シュナーベル監督の歴史ミステリー。

ダンテの直筆原稿という至宝を媒介に、現代と中世イタリアの二重の物語を交差させる映画『In the Hand of Dante』。ジュリアン・シュナーベル監督が刻んだこの重層的な映像言語は、単なる歴史サスペンスの枠組みを越え、人間存在の神学・美学・文学理論が交差する思索の空間を形づくっていました。邦題が暗視する言葉の重みにとどまらず、原題が指し示す羊皮紙の物質的意味、そしてダンテの手に導かれていく人間たちの運命そのものを表出しています。

『神曲』地獄篇の冒頭に響く

人生の旅の途中で正しき道を失い、気がつくと私は暗い森の中にいた。

という一節は、本作に登場するすべての魂の原風景やと。ダンテが政争に巻き込まれて故郷フィレンツェを追放され、絶望の最中に地獄から天国への旅路を書き進めた歴史的背景は、現代の裏社会で魂を磨耗させ葛藤する主人公たちの姿へ重なっていゆきます。暗い森という混迷を通り抜けなければ光の差し込む煉獄の山へは辿り着けないという神学的な救済の構図が、作品の骨組みを支えてると思います。

ニック・トーシェズの同名小説を原案とした本作では、ジュリアン・シュナーベル監督の手腕とキャスト陣の存在感が光ってます。21世紀にダンテの写本を盗もうとする作家ニックと、14世紀に『神曲』の構想に苦悩する詩人ダンテの二役をオスカー・アイザックが圧倒的な熱量で演じ分け、ガル・ガドット、ジェラルド・バトラー、さらにはマルティン・スコセッシといった異色の演技陣が重厚な世界観を補強してました。

視覚表現における色彩の反転も高度なメタファーとして機能してるかや。モノクロームで切り取られる現代パートは、資本主義の肥大化と芸術の商品化によって精神が形骸化した空虚な世界を象徴し、対照的に、濃密で艶やかなカラー映像で描かれる14世紀パートは、ペストの恐怖や権力闘争に晒されながらも、愛と創作に魂を燃やしたダンテの生の情熱を浮かび上がらせます。時代をまたいでオスカー・アイザックが一人の人間として二つの時代を往還する構造も相まって、魂の転生や円環的時間観というテーマが自ずと立ち現れてきます。

作品の構造を紐解くと、第一に神学における罪と救済の変容が立ち現れます。これは、どん底の絶望や失敗を経験して初めて、ひとの心は劇的に生まれ変わるって魂の変革のプロセスです。身近な例で云うなら、仕事の失敗や深い喪失感によって自己の無力さを思い知らされた人間が、絶望を直視し乗り越えることで真の強さを獲得する過程に似ている。地獄の暗闇を正視することなしに天国の光に至ることはできないという真理が貫かれてます。第二にメタフィクション(物語についての物語)の構造です。執筆過程と原稿争奪劇が相互に影響し合い、書き手と読み手の境界線が曖昧になる体験は、物語が現実を再構築していく奇跡そのものです。そして第三に美学における崇高の概念で、圧倒的なものに対する慄きを通じて至る美の極致が、画面の隅々に満ちています。

幾重にも張り巡らされた時空の交錯に対してるし、焦点が定まらず難解といった否定的な見解が出されたのも否めない。しかし、一見不親切な過剰さと断片化された時間の配置こそ、人間が混迷の中で魂を捜索する過程を模倣しているかなぁと。単なる筋書きの提示を超え、観客を自考の迷宮へと誘うこの実験性こそ、映画芸術としての誠実な挑戦に他ならない。

ダンテが天国篇の結びで

太陽と他の星々を動かす愛。

と詠んだよに、絶望を抜け出すエネルギーは常に人間の内なる情熱と愛の中にしか存在しない。物質的な欲望に翻弄される現代社会の虚無を超え、一枚の紙片に宿った精神が時空を超えて他者の魂を照らし出します。『In the Hand of Dante』は、芸術が持つ永遠の救済力と、暗い森の中を歩み続ける人々の足元を照らす不滅の灯火の価値を、鮮やかに証明してみせる思索劇でした。

“E quindi uscimmo a riveder le stelle.”
「こうして私たちは、ふたたび星々を仰ぎ見るために外へ出た」
(『神曲』地獄篇 第三十四歌 最終行)


舞台は現代のニューヨーク。作家ニック・トーシュは、裏社会のボスからある密命を受けます。それは、この世に存在しないはずの宝――詩人ダンテが自ら書き残した『神曲』の直筆原稿を鑑定し、手に入れること。ニックは知らぬ間に、欲望と危険が渦巻く闇の世界へと引きずり込まれていきます。
 …かなり疲れる💦
 そもそも“ダンテの神曲”なんざぁ…大昔、中間テストの試験勉強中くらいにしか出てこんかったワードやしね…まあ、この機会にちょこっとだけ調べたりもして、“神曲”は邦題であり、原題をそのまま訳すと“神聖喜劇”だそうな…などと豆知識! 聖なる数字“3”とかね🌞 ロザリオ(ジェイソン・モモア)もルーレットで3と33に賭けてたし🤟
 
 三行韻詩が地獄篇、煉獄篇、天獄篇と延々続くというこの“神曲”が映画として成立してるかどうか……“神曲”に精通してる人には、多分んっ?だろし、我々凡人には置いてけぼり〜〜な感じで、1行目の“疲れる💦…”なんだけど、中世パートのカラーと、現代のモノクロの構成とか主要キャストが両世代での一人二役だったり、エンタメ的には楽しめたよ!
 にしてもモノクロパートがかなりエグいハードボイルドで……流石、マフィア系なら任せろ!のスコセッシだなぁ😎(スコセッシ本編にも出演してる!初見で分かる人いる〜?😆)
 …伏線も因果関係も、連鎖韻律もぶっちぎるような最狂殺し屋ジェラルド・バトラーの殺しっぷりよ!!😅
……でもでも、“天国”へと導くのは、そよ風と…やっぱり女性への愛、なのよね〜……🤎



 ……追、
 オスカー・アイザックは……
 なんか、フランケンシュタイン博士みたいやったな…😂
 
4.3
ダンテ「神曲」の原本を盗もうと計画する作家やマフィアと、ダンテ自身の人生を並走して描きながら、ダンテやキリスト教の精神の真髄に迫っていくという超絶カルト映画。オスカー・アイザック主演、ジェラルド・バトラー、ガル・ガドット、ジェイソン・モモアといったハリウッドスターが名を連ね、アル・パチーノやマーティン・スコセッシまでもがカメオ出演するトンデモ豪華な映画ながら、ヴェネチア映画祭での酷評も相俟ってかひっそりとNetflixでプレミア公開。

贅沢で勿体ないけど、冷静に考えてこのキャストでこの物語をやってる事自体があまりに挑戦的で面白い。主人公は原作者自身なんだけど、原作者本人の自伝では全くないしその主人公が堂々とマフィアと手を組んで殺しやら盗みやらを働く。その上彼も含めた現代パートの俳優たちがなぜか過去パートでダンテの伝記を演じ、両パートが延々と交互に続いていく。変すぎる。

変なことは変なんだけど、ただ酷評してスルーするには惜しいくらい個人的には楽しめた。モノクロとカラーのアス比違いの映像が交互に続く構成はアーティスティックで面白い。哲学的な描写やメッセージも多いし基本はアートフィルムだと思うんだけど、現代パートは特に「太陽がいっぱい」から「スナッチ」までを彷彿とさせるようなエンタメ性があって、意外にも緊迫感と読めない展開が楽しい。中盤以降で主人公本人とダンテが重なって虚実が訳分からなくなるモヤモヤ演出も超好き。

死、罪、芸術、そして人間にとっての人生と時間など、ダンテ自身の人生から生じた哲学的な観念をフィクションの中に重ねて再考していくというアプローチは面白いし、とにかくそれをエンタメ素材満載でやってるのがカオスすぎる。すごいなこれ。なんでこの内容でワンダーウーマンとアクアマンが戦ってるんだ。

ちなみに本作、元はジョニー・デップが長らく原作権を押さえていたらしく途中降板して今のキャストに落ち着いたらしい。王道エンタメではないのにこれだけのスターが揃い踏むのは、ウェス・アンダーソンとこの人の作品くらいでは。

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