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ボスニア
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『ボスニア』に投稿された感想・評価

mh
5.0
ボスニア戦争を扱った最初の映画とのこと。
タイムラインが三つも走ってる。
①ユーゴスラビア戦争およびボスニア戦争が始まる直前の幸せな幼少期。
②籠城戦のセルビア人兵士たち。
③ベオグラードの病院にいる②のメンバー。
構成は複雑だけど、混乱することなく理解できる。
展開にこなれた感じもなく、またテクニカルでもないんだけど、そのあたりはプラスに働く。
乳牛が迷い込むくだり、飲尿のくだり、恩師を射殺するくだり、独特でパンチのあるエピソードが積み重ねられた結果、かなり物語に引き込まれる。
敵と味方で同じ歌を聞いて歌って育ってきたというプロットすごい。
青姦中の男女がチトー大統領が亡くなるニュースに涙するのもいいね。チトーがいなくなったら、もう仲良くできないじゃないか!というのが、共通認識だったというのが、日本にいるとなかなか理解できないメンタリティ。
これまでの登場人物が全員トンネルのなかで死んでいるというラストカットなんだけど、これはもちろん、ボスニア戦争で起こった民族浄化を示している。
視聴困難だし、ぜんぜん期待してなかっただけに余計にドスンときた。海外では高評価だった。こういう映画こそ、サブスクで見られたらいいんだけどね。
病院のあるベオグラードは「アンダーグラウンド(1995)」の舞台でもあるので、エミールクストリッツァの描き方との違いも楽しめる。
なんと一年違いか!
見る機会あったら、ぜひとも!
AS
3.2
小火器の効果音やら無駄に使われる火薬、とりあえず焚いとけみたいな白煙なんかは完全にエンタメアクション映画のそれで、鉛色の戦場を立体化するには程遠いものを感じる
ボスニア戦争(1992から1995年)の狂気を描いた、忘れられない作品。仲良しの幼馴染もご近所さんも、戦争を境に敵と味方に分かれて殺し合う。現在と過去を行きつ戻りつしながら、不気味なBGMとともに進んでいく。

1971年のトンネル開通式典から「ボスニア」は始まる。ボスニア系政治家・ビエジッチがテープカットする時に大怪我をする。グロい。縁起悪いぞと思ったら、20数年後にこのトンネルが闘いの舞台となる。

場面は小高い丘に転換する。豚がトコトコ歩くのどかな丘。居酒屋のおやじはキリル文字(=セルビア語)の新聞を読んでいる。セルビア人のミランとボシュニク人のハリルが酒を酌み交わす。何気ない場面だが、しっかり見たい。幼馴染のふたりは、後に殺し合う運命にあるなんて、この時には想像もしていない。映画の最後の最後で、またふたりの会話が差し込まれ「ボスニア」は幕を閉じる。もう、ため息しか出ない。あの時に戻ることができたら・・・。

高校生だった私はチトーのファンだった。多言語の国をひとつにまとめているところが、多言語学習者の私には魅力的に映ったのだ。現実にはそんな甘ったるい話でもなかったようだが。映画では、セルビア人の居酒屋にボシュニク人のナズィムがやってきて、居酒屋のおやじに家の鍵を手渡す。留守にするけど、うちの様子を見てほしいというわけだ。家の鍵を渡せるだけの信頼関係が、セルビア人とボシュニク人の間にあったということだ。正教徒とイスラム教徒の結婚も、少数ながらあった、そういう時代だった。

しかし、とふと思い出す。ボシュニク人のハリルは居酒屋のおやじに「なんでセルビア語なんかの新聞を読んでんだよ」と冗談っぽく文句を言っていたではないか。ここが旧ユーゴの難しいところだ。

小学校の時の担任。大好きだった先生。自分の命を守るために、あなたは先生を殺せますか?「ボスニア」の中でも忘れられない胸糞シーンだった。

日本で報道されるボスニア戦争は、「セルビア人にいきなり攻め込まれ、可哀そうなボシュニク人」という構図だった。あの頃、私はSerbia SOSという英文のサイトを見ており、そこにはボシュニク人に殺された人たちのショッキングな写真と、ひとりひとりの名前は何でどういう人かを掲載していた。小さな子供も含めて首を掻き切られて殺される犠牲者が多く、それを「イスラム教徒は羊を屠るように、人の首を斬る」とも伝えていた。

戦争は、誰も幸せにしてくれない。

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