俯瞰で望遠で撮られた映像の中で彼女はヒッチハイクし続けるというのが何とも狂っている。むしろ食材確保の為にスーパーへ行けなのだが、そう言えば第1部の最後では彼女の裸を見つめる男の目があった。夜な夜な街に出た彼女の放浪の旅は緩い出会いの旅でもある。酒をちびちび呑み続けながら、昨日まで部屋に引き籠もっていたとはとても思えない素敵な笑顔で男たちに目配せする。当時24歳だったシャンタル・アケルマンは実にチャーミングで目が離せない人だった。場末のバーではGato Barbieriの『Last Tango In Paris』が流れている。『ヴァイブレータ』を撮った廣木隆一に見せたら30年早く遠く離れたベルギーの地でこのような映画が撮られていたことにただただ驚くのだろうが、極めつけはアケルマンの情というか何とも無垢な惚れっぽさだろう。まぁ正直言ってすっかり草臥れたあんしんパパのどの辺りのエピソードが刺さったのかは私にはさっぱりわからぬが、『一晩中』のような暗闇の中での情熱的なキスの後、男は手淫で果てる。然しながらシャンタル・アケルマン扮するジュリーという名のヒロインはどこにも情も名残り惜しさもを残さぬまますぐに消えて行く。次の場所へと旅立って行く。3部の真に革命的なラストのバイセクシュアルな狂った野獣のようなロング・ショットでの長回しはおそらく、映画史上初めての同性愛描写としてつとに有名で、アケルマンは異性愛映画の様にこの場面を綺麗に美しくフェティッシュに撮ろうとしない。その上、役目を終えたと言わんばかりの非・情緒的なジュリーの姿が極めて印象的だ。