
60年代末、共同農場・キブツで過ごしていたフォトジャーナリスト・広河隆一は、パレスチナ人の村・ダリヤトルーハに居た住民を探すことに。ある姉妹と出会った広河は、彼女たちのその後も追い続け、1…
>>続きを読むヨルダン川⻄岸地区のマサーフェル・ヤッタで⽣まれ育ったパレスチナ⼈の⻘年バーセルは、イスラエル軍の占領が進み、村⼈たちの家々が壊されていく故郷の様⼦を幼い頃からカメラに記録し、世界に発信し…
>>続きを読む1992年12月、ノルウェー首都オスロ。外交官モナ・ユールと、社会学者テリエ・ロード=ラーセンの夫婦は、極秘の計画を遂行していた。それは、敵対するイスラエルとパレスチナそれぞれにアプローチ…
>>続きを読むパレスチナで自爆攻撃に向かう二人の幼馴染みの若者の友情の物語。イスラエル人プロデューサーと手を組んだパレスチナ人監督ハニ・アブ・アサドが、ヨーロッパ各国と共同で制作を行い、これまで語られる…
>>続きを読む世界的に有名な指揮者のエドゥアルト・スポルクは、紛争中のパレスチナとイスラエルから若者たちを集めてオーケストラを編成し、平和を祈ってコンサートを開くというプロジェクトを引き受ける。オーディ…
>>続きを読む2016年6月19日、沖縄県那覇市。米軍属女性暴行殺人事件の被害者を追悼する県民大会で、稲嶺進名護市長は言った。「我々は、また命を救う“風かたか”になれなかった」。「風(かじ)かたか」とは…
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