ピカドン、三里塚闘争、安保、東大安田講堂、祝島、ウーマンリブ、そしてフクシマ。66年間、「本当のニッポン」を写し続けてきた。 真実を伝えるため、自衛隊を欺き、兵器産業を隠し撮り。その写真が原因で暴漢に襲われ、自宅は放火された。 それでもシャッターを切り続けた回数は25万回以上に及ぶ。最前線で活躍する最中の無人島生活、年金を拒否し、 愛犬と気ままに暮らす現在など、「伝説」の写真家・福島菊次郎の軌跡に迫ったドキュメンタリー。
米軍が上陸し、民間人を含む20万人余りが死亡した沖縄戦。1944年の晩夏、42名の「陸軍中野学校」出身者が沖縄に渡った。北部で展開されたゲリラ戦やスパイ戦などに動員されたのは、まだ10代半…
>>続きを読むニューギニア戦に投入された独立工兵第36連隊の兵士・奥崎謙三は、後々になって、終戦後23日も経ってから現地で2人の兵士が射殺される事件があったことを知る。義憤に駆られた奥崎は、当時の5人の…
>>続きを読むノーベル平和賞候補になり、朝日賞や埼玉県民栄誉賞などを受賞した水墨画で風景画家の丸木位里(1901‐1995)と人間画家の丸木俊(1912‐2000)夫妻は、「日本人側から見た記憶を残して…
>>続きを読むTVドキュメンタリー『青春の碑』の撮影で韓国に渡った大島渚が撮影した韓国の浮浪児たちのスチール写真に、感化院の少年の手記がナレーションとして繰り返しかぶさる。「イ・ユンボギ、君は韓国少年……
>>続きを読む2016年6月19日、沖縄県那覇市。米軍属女性暴行殺人事件の被害者を追悼する県民大会で、稲嶺進名護市長は言った。「我々は、また命を救う“風かたか”になれなかった」。「風(かじ)かたか」とは…
>>続きを読む男は、ガジュマルをこよなく愛した。「どんな嵐にも倒れない。沖縄の生き方そのもの」だと。那覇市を、かつてたった11ヶ月だけ率いた、その男が好んで使った言葉がある。それは「不屈」。 1945…
>>続きを読む“空の表玄関”を称する成田国際空港の周囲では、機動隊による厳重な検問が現在もつづけられている。大型機が離発着を繰り返すA滑走路南端では、闘争遺跡“岩山要塞”が不気味な姿をさらしている。二本…
>>続きを読むソウル市の公務員だったユ・ウソン氏が北朝鮮のスパイとして逮捕された。しかし、国家情報院が提示し た明白な証拠は彼の妹の「自白」証言だけ…。北側の国の脅威と闘ってきた、いわば韓国の心臓部とも…
>>続きを読む(C)2012『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』製作委員会