
終戦間近の1944年、秘密戦の特殊訓練を受けていた小野田寛郎(遠藤雄弥/津田寛治)は、フィリピン・ルバング島にて援軍部隊が到着するまでゲリラ戦を指揮するよう、命令を受ける。「君たちには、死ぬ権利はない」と出発前、上官の谷口(イッセー尾形)から言い渡された小野田を待っていたのは約30年間の過酷なジャングルでの壮絶な日々だった。
1945 年太平洋戦争末期――沖縄・伊江島で⽇本軍は⽶軍との激しい交戦の末に壊滅的な打撃を受けていた。宮崎から派兵された上官・⼭下⼀雄(堤 真⼀)、地元沖縄出⾝の新兵・安慶名セイジュン(⼭…
>>続きを読む1944年、太平洋戦争末期、玉砕の島・サイパン。大場栄大尉は47人の仲間の兵士たちと共に16カ月の間、敵に立ち向かい、多くの民間人を守り抜いた。彼の誇り高き魂が、味方の日本人だけでなく敵側…
>>続きを読む2006年、硫黄島。地中から発見された数百通もの手紙。それは、61年前にこの島で戦った男たちが家族に宛てて書き残したものだった。届くことのなかった手紙に、彼らは何を託したのか--。
米軍が上陸し、民間人を含む20万人余りが死亡した沖縄戦。1944年の晩夏、42名の「陸軍中野学校」出身者が沖縄に渡った。北部で展開されたゲリラ戦やスパイ戦などに動員されたのは、まだ10代半…
>>続きを読む第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵(塚本晋也)は結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。しかし負傷兵だらけで食料も困窮し…
>>続きを読む沖縄戦末期、本土より派遣された2人の内務官僚がいた。戦中最後の沖縄県知事として沖縄に赴任した島田叡(あきら)と、警察部長の荒井退造。多くの住民の犠牲を目の当たりにした島田は「県民の命を守る…
>>続きを読む戦後70年を迎える今、伝えたい。日本の未来を信じた人々、その知られざる運命の8月15日―。太平洋戦争末期、戦況が困難を極める1945年7月。連合国は日本にポツダム宣言受諾を要求。降伏か、本…
>>続きを読む©2021映画『ONODA』フィルム・パートナーズ