
浪江町津島は福島県の東部、阿武隈⼭系の⼭々に囲まれた⼈⼝約1400⼈の平穏な⼭村でした。福島第⼀原発から北⻄に30キロも離れているにもかかわらず、2011年3⽉11⽇の事故直後に⼤量の放射性物質が降り注ぎ、地域の⼤部分が「帰還困難区域」に指定されたまま、現在も多くの住⺠が帰れずにいます。 故郷を離れ10年以上を経た今も、⼈々の⼼の中には津島での⽇々がありました。貧しかった開拓時代の記憶、地域コミュニティと共にあった暮らし、綿々と受け継がれてきた伝統⽂化、今は亡き家族との思い出…。 「100年は帰れない」と⾔われた故郷・津島の歴史と、そこで⽣きてきた⼈々の記憶と感情を映像化したのは、『福島は語る』(2018年)の⼟井敏邦監督。裁判記録「ふるさとを返せ 津島原発訴訟 原告意⾒陳述集」に記された住⺠たちの⾔葉に衝撃を受けた⼟井監督は、「この声を映像で記録したい」と原告32名の元を訪ね歩き、10ヶ⽉にわたるインタビューを敢⾏。その中には、避難先で起こった⼦どもたちへの差別といじめについての証⾔もありました。 総勢18名による、全9章、3時間を超える圧巻の語りの数々。その聞き⼿となるのは、災禍の時代を共に⽣きる私たち⼀⼈ひとりです。
“空の表玄関”を称する成田国際空港の周囲では、機動隊による厳重な検問が現在もつづけられている。大型機が離発着を繰り返すA滑走路南端では、闘争遺跡“岩山要塞”が不気味な姿をさらしている。二本…
>>続きを読む今までマスコミなどで被爆体験を話したことがない被爆者の方々の新たな証言※1をドキュメンタリー映画化。今までも多くのアーカイブが残され、もう語ることができる体験者はいないだろうと言われて久し…
>>続きを読む2021年3月、スリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(33)が名古屋入管で死亡した。彼女の死は長年ベールに包まれてきた入管の闇を明らかにするとともに、公権力による外国人差別の歴史を象…
>>続きを読む東日本大震災から6年目を迎える 宮城県、岩手県、福島県で前を向いて生きる人々の姿を優しく映し出すドキュメンタリー。 家族を失った夫婦、震災を風化させないための語り部、伝統を受け継いでいく…
>>続きを読む1989年から沖縄戦に連行された朝鮮人「慰安婦」と軍属の実相を追い、『アリランのうたーオキナワからの証言』(91年)で「慰安婦」問題を提起した在日朝鮮人2世の朴壽南は、90年代、立ち上がっ…
>>続きを読む2014年。関西電力大飯原発の運転停止命令を下した樋口英明裁判長は退官後、日本の全原発の危険性を説く活動を始めた。それは誰もが理解できる“樋口理論”である。そして、逆襲弁護士・河合弘之は …
>>続きを読む2004年10月15日、最高裁判所、関西訴訟。「国・熊本県の責任を認める」判決が下った。この勝利をきっかけに、原告団と支援者たちの裁判闘争はふたたび、熱を帯びる。「末端神経ではない。有機水…
>>続きを読む©2023 DOI Toshikuni