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Nuremberg(原題)
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『Nuremberg(原題)』に投稿された感想・評価

機内鑑賞。
大作ならではの見応えは有る。
ニュルンベルグ裁判の事前知識もそこまで必要とはしない分かりやすい内容。

但し、第二次世界大戦後のナチス残党首脳陣の連合国側の裁判がテーマなので、戦争裁判がどういう意図があって行われるかを知っていると、おのずと裁判結果は予想出来てしまう。実在した人物たちの物語だしね。

ナチスドイツのヒトラーに次ぐ地位にいた〝戦犯〟を演じたラッセル・クロウ。役作りで恰幅も良くなり本心が窺い知れない誇り高く、自己愛が強い軍人としての存在感は抜群。

連合国側の精神科医を演じたラミ・マレックとの心理戦の駆け引きは見応え大。

それでも審判の結果は結局ああなるんだろうなあというのはずっと脳裏にあったし、クライマックスであの一言だけで審判が下されたのは日本人としてはイマイチ腑に落ちない。

そもそも、何故に今の時代にこの題材??とも思う。

ラミ・マレックはあれだけ特徴的な顔立ちをしてるので、ややもすると表情の演技がオーバーに見えがちで変顔になってしまうのも気になった。

ナチスによる〝ユダヤ人〟の定義が宗教ではなく血統に依る物というのは勉強になった。

元々歴史物の大作を好んで見るタイプではないので、畿内鑑賞で十分満足。
本作は、東京裁判と並び歴史的賛否が絶えない「ニュルンベルク裁判」を題材としながら、

既存の法廷ドラマの枠組みを鮮やかに裏切っていく。

1. 期待を裏切る三つの「非」メインプロット

まず、

本作は単なる歴史の裏側の実話を描く再現ドラマではない。

また、

精神科医がナチスA級戦犯の胸に聴診器を当て、

彼らが「怪物」か「人間」かを医学的に峻別していくプロセスが物語の核心でもない。

さらに言えば、

国際法の正当性を問うという、

現代においてもタイムリーな政治的議論さえも、

本作の真の終着点ではないのだ。

2. 真のメインプロット

では、何がこの物語を突き動かしているのか。

それは劇中に登場する「1200ヶ所もの絶滅収容所」という数字に集約されている。

派手なアクションを排しながらも、本作を異常なまでに緊張感で満たしているにしているのは、

この膨大な数の施設を「なぜ見過ごしたのか」という問いだ。

見過ごし、目を逸らし、気づいた時には手遅れになっている。

この「無関心の連鎖」こそが、本作が暴き出そうとする真のメインプロットに他ならないのではないだろうか。

3. 物理と精神、二つのロジックの止揚

法廷で積み上げられる事実ベースの「物理的ロジック」と、
個人の内面に潜む「精神的ロジック」。

この一見相容れない二つの要素を、
本作は極めて静かに、かつ峻烈な描写で決着させていく。

被告席に座る者たちを「特殊な悪魔」として切り捨てるのではなく、
我々の日常の延長線上にある「精神の怠慢」(忠実な党畜)として描き出すシナリオの妙。

裁判における論理、証拠と証言によって構築される、
党の方針に従った「物理的ロジック」に対し、

もう一つの層として、
方針に抗えなかったor抗わなかった「精神的ロジック」を提示する。

すなわち、人間の内面や倫理観、責任の所在といった、
数値化できない領域での決着である。

その描き方は決して劇的ではなく、むしろ抑制的で静かだ。

しかしだからこそ、観客の思考に深く食い込む力を持っている。

ラッセル・クロウはバチカンのエクソシストにしても、
本作にしても、
LAコンフィデンシャル時代のように本気出してる感がある。

アブラカダブラ
川魚
3.0
私利私欲で戦争を仕掛けているこの時代に、倫理を問う裁判?
ゲーリングが茶番だとあざ笑うのも無理ない。

もちろんナチスを擁護するわけではないし、容認できるものではない。

ただナチスの非道うんぬんの前に人から命を奪う事がまず問題で。
殺すまでの過程にばっかり目を向けて悪かどうかを裁くのはそもそも違うのでは。

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