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マリア・ヴィトリア
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マリア・ヴィトリアの作品紹介

マリア・ヴィトリアのあらすじ

プロを目指して父親とともにトレーニングを続ける女性サッカー選手のマリア・ヴィトリア。母親の死後、家を出たまま消息を絶っていた兄が突然帰郷し、家族のなかで波紋が起こる。美しい風景のなか、家族の濃密なドラマが展開する。

マリア・ヴィトリアの監督

マリオ・パトロシニオ

原題
Maria Vitória/Maria Vitoria
製作年
2025年
製作国・地域
ポルトガル
上映時間
114分
ジャンル
ドラマ

『マリア・ヴィトリア』に投稿された感想・評価

Omizu
3.1
【第38回東京国際映画祭 コンペティション部門出品】
ポルトガルのマリオ・パトロシニオ監督の長編デビュー作。東京国際映画祭コンペに出品された。

毎年ある欧米のそこそこ手堅い映画枠。今年はこれがそうかな。プロダクションはしっかりしているし、一応最後まで話を持たせる展開力はある。長編デビュー作でこれだったらけっこういいのでは。

問題は着地のさせ方で、様々な要素を回収しきれなかったという印象。サッカーと生き方、兄と父の確執、兄の性的嗜好、どれも尻切れトンボで終わってしまったのが勿体ない。

特に兄の性的嗜好が序盤で言及されるが、その後それについては一切の言及なし。だったらその設定最初から入れるなよ。結婚の話はどうなったんだよ。

トータルでは決して悪い作品ではないが、広げた風呂敷をうまく畳めなかったという惜しい作品になってしまっている。雰囲気は好きだし俳優陣もよかったが…勿体ない。
2.1
ポルトガルの山岳地帯の町に暮らすマリア・ヴィトリアは、プロのサッカー選手を目指して、父をコーチとしてトレーニングに励む日々を送っている。そんな彼女の日常は、母が亡くなった後、家を出て何年も消息を絶っていた兄が突然戻ってきたことにより大きく揺さぶられる。
(東京国際映画祭より)

ちょいと分かりづらい。どのキャラがどのような感情を持っているのか分からず、鑑賞できている気分になれない。
ポルトガルの山岳地帯の村。マリアは男子チームの中でサッカーをしていて、ゴールキーパー。お父さんは星一徹ばりの熱の入れ方で個人練に付き合う、というか熱血指導。どうでもいいけどああいうゴールキーパーの練習のshort動画は無限に見れてしまうので自分に制限を課しています。目の前にイレギュラーバウンドしたりする器具を置いてやるシュートストップとか好きだし、試合前練習でもパスやシュートよりキーパー練習を見てしまいます。マリア・ヴィトリア。ヴィトーリアといえばネルシーニョ。勝利を意味するポルトガル語。
 そんなマリアのお家は、どうやら山火事でお母さんを亡くしており、その辺りで家を出た兄が突然帰ってくるよ、という話。お父さんが星一徹してるのも、お兄ちゃんもマリアもお母さんの喪失から立ち直れていない上に、それを直視できてないな、っていう映画。山火事でも起きないと都会の連中はここに関心を持たない、という農村部の叫びと喪失の物語がこれが驚くするほどリンクすることなく並列に進みながら、ふんわり終わって兄が旅立つし、お父さんはスカウトに挨拶するんだけど「息子さんの活躍期待してますね」とあしらわれ、試合は始まる、というなんかバッドエンドなのか、マリアや家族が喪失と向き合えたからハッピーエンドなのか、分からんのお、という感じ。
 基本的にコミュニケーション不全すぎる、あまり上手でない映画のような登場人物が喋らないこと、言外に匂わせることと映画自体が雄弁でないことを履き違えてる感じはしている。サッカーを題材に扱っていて、しかも男子チームの中に女子のゴールキーパーが在籍していると言うかなり語ることのある状況ながら、チームとの話は皆無、練習シーンが撮りやすいからゴールキーパーなだけな感覚であり、ゴールキーパーを描くと生じる後ろのスタンドの近さ、みたいなものも捉えない。ポルトガルで女子サッカーといえばアルガルベカップだとは思うが特に言及もなかった。アルガルベカップってなんか名前変わったか開催方式変わったかしてた気がするな、そういえば。結局、このマリアおよびお父さんのゴールキーパー像がシュートストップに留まっていて、11人目のフィールドプレーヤーや守備のコーチングといった面をまるで考えられていないものになっているのでただの孤独なポジションのような扱いなのは残念である。ただ、地方と都市のようなテーマを内包した地方の場所にもこれだけ立派な屋根付きスタンドのあるピッチが…と思うと羨ましい限りである。環境はいいし、コーチもちゃんとしてたのでDAZNを契約して女子プロサッカーでも男子プロサッカーでも見て戦術勉強をすると良いと思う。ドンナルンマでもないと足元無いのにプロになるのはしんどいですぜ。
 話がだいぶサッカーにそれたが、サッカーだけに星一徹してるお父さんはまだ分かるのだが、お兄ちゃんの立ち位置が雑で、お父さんの支配、地方の停滞・閉塞感から外の風を吹かせるような存在かと思えば、彼自身も未来を描けず悩んでいるし、妹の卒業パーティーに普通に来て妹の友達とウェイウェイしてんの意味わかんねえ、気持ち悪いわ、と思わせてしまう。
 繰り返された火のイメージも、その二面性とかを示すにも至らず、山火事について詳しく語ることもなければ、火の温かみや生活のそばに常にある火としての描写も弱かった。