『秋津温泉』
製作年 1962年。上映時間 112分。
岡山県の山奥の旅館で出会った男と女の17年間を、戦後意識の移り変わりという視点とともに、四季折々の美しい映像で綴った情念のドラマ。
岡田茉莉子が、映画出演百本記念として自ら企画した作品。

昭和20年、岡山県の山奥にある旅館『秋津荘』の娘・新子は、時代に絶望した青年・周作と出会う。新子の清い心に、周作は生きる力を取り戻す。戦後もふたりは、変わりながらも逢瀬を重ねていく。
出演は、
岡田茉莉子(タイムリーじゃ全く知りませんが、そりゃもう美人、これまた全く知りませが彼女の両親をググったら、父は戦前の二枚目キリリ俳優・岡田時彦と、母は宝塚歌劇団卒業生の儚げなお顔の田鶴園子とサラブレッドなんやなぁ)、
お世話になってますキューピーコーワゴールド最後の夫婦共演CMが個人的に印象的やった長門裕之(若い当たり前やけど)ほか

昨夜、BS松竹東急よる８銀座シネマでやってたので視聴。

今作品は、第二次世界大戦末期、心に傷を負い、結核を患った河本周作（長門裕之）は、軍から薬を拒否され、東京での学業を中断し、田舎の秋津荘に戻ることになった宿屋の娘新子（岡田茉莉子）の看病を受ける。
敗色濃厚な彼女の泪を目の当たりにし、また彼女の若々しさによって心身ともに健康になった周作は、絶望に打ちひしがれながらも恋に落ち、心中を申し出る。
最初は笑って否定し、『本当に愛しているなら』と承諾した周作やったが、心中しようとした瞬間、彼に縛られた縄がくすぐったくて笑い、二度目の救いの手を差し伸べる。
この軽率な行動を不服と思ったのか（しかし、典型的なこの映画の物語は、最も重要なプロットポイント以外は基本的に簡略化されている）、彼は母のもとを去らざるを得ない。。。

今作品は歴史映画ではない。
むしろ、最初の20分で、この背景を持つ恋人たちの出会いを設定してるが、映画が進むにつれて、周作の出国と帰国（その間、結婚し、家庭を築き、東京で成功した兄の陰で作家としてのキャリアをスタートさせる）というパターンが、ほぼ際限なく続くため、あらゆる種類の時代背景が奪われるように思う。
社会政治的な側面は重要やけど、たとえば、酔っ払った兵隊さんが名誉のために刀で10代の新子を追い詰める場面では、家父長的な軍国主義を批判したり、アメリカの影響に適応したり（日本の歌は作中スイングの抑揚をつけて演奏しなければならない）、この映画はかなり意図的に、核心部分の状況を脱文脈的に反復することを優先し、筋書の骨組み以外はすべて取り除くよう。
ある意味で、これはメロドラマの頂点であり、終わりのない一連の（アンチ）クライマックスとして、そのたびに、林光(日本の作曲家)のスコアの3つの主要テーマが、それぞれ相互の情熱の奮起、自殺の約束の恐怖、憧れと待機の緊張に関連するものとなっていた。
秋津泉の外での、
バーで酒を飲み、兄の文学的成功に嫉妬し、妻をないがしろにし、店員といちゃつく
などは、自己中心の嫌なやつであることをはっきりと示しているが、それらはすべて、逆説的に最小限の最大主義としてしか云いようがないものの本質的に周辺にあるものだと思える。
恋人たちが逃げたり追いかけたり、まるで演劇やオペラ、バレエのように文字通りポーズを取ったり、部屋を借りる、酒を飲む、タバコを吸う、さよならも云わずに出て行くといったもっとありふれた儀式まで、同じ大げさな身振りの繰り返しが当時のメロドラマなのやろと思う。
戦争の渦中でトラウマになり自殺を考える兵隊と、10代の少女との出会いは、特定の愛の対象（その性質は数日（あるいは20分の映画）の間にあまり詳しく明らかにされなかった）よりも、女性の待ち時間と男性の到着という観念に関する、ある種の空虚な神話を背負ったものやった。このように、若い新子は、『私は何かをした！命を救った！』と宣言する。
母の死後、旅館を切り盛りする姿は、再婚した母が旅館に抱いた不満の再現であり、スカーレット・オハラ風の気骨ある生存の指標としてではなく、実存の足跡のようなものかな。
したがって、新子が、性別の役割、強靭さ、能力という点で世代的な進歩を示唆しているとすれば、彼女が拒絶する見合い結婚という家父長的規範に縛られていないときでさえ、彼女は、自殺の契約そのものと同様に、解決不可能な袋小路のまま、不可能な愛に縛られている。
吉田喜重監督は、戦後のヒューマニズム、つまり進歩や人間の本質的な善意に対する限りない信頼を、黒澤明に代表されるアメリカナイズされた楽観主義と結びつけて否定しているそうやけど、吉田監督のより過激な世代はこれを固く信じていた。
同様に、小津安二郎監督に関する『小津安二郎の反映画』（岩波現代文庫）を書くことになる吉田も、後者に関連する抑制、諦観、義務、運命論などのドラマは一切避けている。
小津監督は破滅的なクライマックスを形成しそうな
失望→それが人間の運命や。
ちゅう言葉が、ここでは周作によって、彼女を一種のノスタルジックなアクセサリー、つまり『明日また来るわ』ちゅう田舎での休暇として扱っていることに対する謝罪として提示されているのかもしれへん。
それは、酒瓶の底にあるときと同様に、必死のタバコと絶望的な不適応をブルジョア的、家父長的自己満足に置き換える影響を受けたパイプに染み込んだとき、顕著になる。
この後、悲劇はクライマックスに向かい、周作は彼女の体を抱きかかえ、桜の花と糸が揺れる中、この瞬間が記憶に残る。
今作品の結末を、膨らむ音楽、愛の死という古典的な悲劇、その他に感動したという一般的な感覚を除いて、正確にどう受け止めるべきなのか、と問わざるを得ない。
もし泣くとしたら、誰のために、何のために泣くんやろか。
今作品はこないに視聴者を鏡のように映し出している。
映画全体を通して、基本的に周作に利用され、その見返りは少なく、消耗品となっている新子が、最初に出会うのは、一連の鏡の前で型破りな自己紹介をする姿であり、家族や社会の慣習、環境の重みなど、通常の障害がない中で、観客自身が突然、これは何のためなのかという不快な疑問に直面しなければならない。
日本の敗戦に涙する彼女の姿に、情熱を持って生き続けることを決意し、自殺に直面した彼女の笑いに、再び生き続けることを決意し、その後の彼の訪問は、静かな成功の人生への不満を調整するための、ノスタルジックな再生の小さな爆発となる。
おそらく彼女の死でさえ、トラウマとなる自己破壊ではなく、芸術的インスピレーションの例となるんじゃないかな。
牢獄の窓ガラスの間にいる新子、横から変な角度で撮られた横顔、画面に詰め込まれた高すぎる顔、突然近すぎるアップ、見慣れた映画の設定が突然閉所恐怖症になるなど、慎重にずれた構成のほんの断片の中に、吉田監督は後のラジカリズム前衛作品『エロス+虐殺』(1969年)『煉獄エロイカ』（1970年）、『戒厳令』（1973年）3部作の錯乱したオフセンターのフレーミングを時折予期させている。
むしろ、高予算のレパートリー映画製作のこの運動においてさえ、ジャンルの要求に忠実に従う単なる運動として味わい深いものでありながら、この形式自体の中の矛盾は、これほど完全に生息していることによって、まさに限界まで引き伸ばされている。
こうして、物語の動機を平坦にし、取り除くことによって、また、ロマンスを発展させないことによって、物語を愛の理論ではなく一連の演技、身振り、影響にすることによって、豊かな衣装、色、音楽、大きな出来事、大きな感情という慣習にこだわりながら、メロドラマは内部から崩壊し始める。

長門裕之さん演じる河本の都合の良い男ぶりがとてもハマる。
17歳のうら若き娘に命を助けられ、まるで運命の恋のように2人の絆を語りながら突然姿消す男。
ただ消してそれっきりであれば、女はきっといつか忘れて次の恋に身をゆだねられたのだろうに、忘れようと心に決めた頃に毎回現れては心を乱していく。
これを振り回されていると以外になんた称せばいいのだろうか？
こういうダラダラした男女のメロドラマ風お話は、女性の弱さに苛立つことも多々あるけれど、ちらに関しては岡田茉莉子さん演じる新子が哀れで仕方ない。
杞憂な運命で温泉宿に縛り付けられて、温泉宿で生涯過ごすことしかできなかった女は度々現れては消える河本を受け入れるしかない。
新子は一度だって河本の元を訪れていたわけではないのに、なぜかいつでも受け入れてもらえると思う河本の図々しさに嫌気がさすほど。
ひたすら不毛な恋愛の先にはバッドエンドしか想像できるわけがないのだけどこの作品の良さはこのドロドロの男女の恋愛ストーリーそのものではなくて、構図が計算しつくされた見事なカメラワークと、壮大なバックミュージックの存在が大きく関わってるのだろう。
そしてなんといっても岡田茉莉子の余すことなく出した美しさ。
気が強くまっすぐな意志の強さが魅力な17歳の少女から全ての思いを閉じ込めて影を作った30半ばの新子の姿を時間経過とともに見事に変化をつけて演じ切っていた。
岡田茉莉子の顔立ちはモダンすぎて、こういう高峰秀子さんが演じてきたような作品は似合わないと思っていたけれど、後半の疲れ切った顔立ちはしっかりと衰退した古旅館を苦労して切り盛りする田舎の女将に見えて切なかった。
岡田茉莉子が走るシーン、目に涙をためて河本を見つめるシーン、そしてラストの川縁のシーンは痛々しくも美しく、私も彼女ならきっと新子ならこの運命に行き着くだろう。
そう思いながら泣き、河本の後悔の涙にまた白けてしまう私がいた。

司馬遼太郎原作の新作映画『燃えよ剣』が岡山で撮影しているらしいということで、ふと、岡山県民として、岡山に縁のある映画を気が向いたときにレビューしていきたいなと思いたち、まず一本目には岡田茉莉子主演、吉田喜重監督の『秋津温泉』を。

タイトルは秋津となっていますが、これは岡山の県北にある奥津温泉のこと。映画でも写されていますが、渓谷に沿った四季折々の景観が実に美しく、鄙びた温泉宿も雰囲気あって、行けば最高の聖地巡礼になるはず！

話は、藤原審爾の原作小説に基づいており、長門裕之演じるどうしようもないだめんずに嵌って命懸けで尽くしてしまう美しき温泉若女将の悲恋を温泉宿の盛衰に重ねて描く、といった感じのベタベタの日本文学メロドラマ。現代的価値観からは、そうはならんやろ、という展開もけっこうあるんですが、側からは信じられないクズ男にはまる女性というのは、現代でも普通にいるので、この設定には胸糞感は否めないもののある程度普遍性はあると思います。

こてこてのメロドラマとは言ってもそこは吉田喜重監督、ここ、本当に岡山なの？と思わせる、長回しを基調としたパリッとした引きの構図にはっとさせられます。切り立つ岩場、橋、鏡、ガラス窓、雪道を走る岡田茉莉子、美しいうなじ、くどいほどに盛り上げる林光の音楽、若き日の吉田監督の才気が迸っています！

一番の見所はなんといっても、自らキャリア100本目の企画として持ち込んだという岡田茉莉子の渾身の演技ですね！天真爛漫な17歳の少女から影のある妖艶な34歳の女性までを魅力的に演じきっています。この岡田茉莉子とこの作品をきっかけに結婚までした吉田喜重監督、マジで羨ましい。。

よく言われることですが、それにしてもこのころの長門裕之はほんと桑田佳祐にしか見えない(笑)似てるとかいうレベルじゃないです。。

英題は"Akitsu springs"。
springには泉という意味があり、この英題では温泉に当てている。温泉自体には普通hot springsという表現がよく使われる。

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