浮雲の作品情報・感想・評価

「浮雲」に投稿された感想・評価

俺が高峰秀子だったら最低60回は涙を流してしまうポイントがあるな。世界探してもこれだけ悲壮感に満ちた映画はないと思う。おままごとしている子供達の横を通り過ぎる高峰秀子の哀愁よ。
ルー

ルーの感想・評価

3.5
時代的に女性が弱い立場にあったのでしょうか?
林芙美子の悲しい原作です.
高峰秀子演じるゆき子はタイピストとしてきちんとした仕事に付き生活をしていますが、森雅之演じる富岡と出逢い、転落していきます.
富岡の情婦となり、娼婦にまで身を落とします.
富岡は、ゆき子と結婚する気持ちも大事にする気も無く、他の女性とも交際を続けます.
ゆき子はずっと愛し続けますが富岡の愛を得ることはできないのです.
何故にゆき子はここまで富岡に執着したのでしょうか?
富岡は涙し、ゆき子に紅を指すシーンがあります.
少しでも富岡はゆき子を愛したのでしょうか?
一人の男性に弄ばれた人生.
大変切ない作品でした.
ニコ

ニコの感想・評価

4.0
クズ役を演じることが多い森雅之ですが、この作品でも二股をかけているダメ男を演じています。高峰秀子が不憫すぎて可哀想。
いしが

いしがの感想・評価

4.5
メロドラマ好きじゃない自分でもこれは魅入る。
街並みとか人混みが資料映像かっていうぐらいありありと切り取られている。
視線に注目する映画No.1

ダメ男とダメ女の哀しい不倫劇。
何が哀しいかって、社会的関係性においてでは無くて、この二人の人間性自体の中に、どうしようもない性があるから。刹那的であるからこそ、痛いほどに人間らしさを感じさせられてしまう。

下を向いている女が、顔を上げて男に目をやり、でも男は呆然と遠くを見ていて、二人の目が合わさることがない。この物語はずっとそんな感じで、視線の移行によって話しが進行していく。目を向けると、カメラもそちらを向く。目をそらされると、カメラはこちらに戻る。ずっと続いていく。こんなものを観たのは初めての体験だった。
ゆみ

ゆみの感想・評価

4.0
悲しい映画。あの時の思い出をずっと大切にして生きることは、苦しい毎日を過ごすために必要だけど、きっとそれはまた縛りつけて苦しい日々を繰り返すだけなんだろう。

このレビューはネタバレを含みます

高峰秀子の憂いを帯びた目が印象的な映画。演技も完璧である。


二人はなかなか目線を合わせず、目を反らしながら抑揚なくしゃべる。しかし、しゃべる内容は相手を皮肉ったり、厭世的なものでそこがこの映画の退廃的な雰囲気を作っていると思う。だから二人の目が合うときにドラマが生まれ、最後の屋久島にいくあたりから二人の目が合うようになる。

目線の話でいえば終盤二人で電車にのるときの片一方が寝ているときに起きているほうがその寝顔を見るというシーンが続く。ここで二人の複雑な心境が現れていると思う。そして屋久島についたあと高峰秀子が病床から引き戸のガラス越しに森雅之を見るシーン。ここで高峰秀子は森雅之の愛を確信するのだ。名シーンである。

近所の女の目や子供をおろしたあと、ベッドに寝るシーンでの隣に寝ている女の嫌そうな顔、泣いているときに気まずそうに入ってくる女中などの描写を入れることで二人の疎外感を一層ひきたてていく。

二人の輝かしい日々は序盤高峰秀子の回想によって思い出されるが、それもやがて無くなる。しかし、最後森雅之は高峰秀子の死ぬ間際にはじめてその美しい思い出をまざまざと思い出し、泣き崩れる。これはフェリーニの「道」を思い出される。その場所は二人が出会った仏印のような熱帯雨林だがそこはほとんどの日に雨が降りしきり、湿っぽい場所であるというところが皮肉である。まるで高峰秀子が最初に暮らした家や森雅之の最後の家のようである。
時代に取り残されながら生き続ける2人の虚ろな表情がなんとも言えない。
小津映画より見易かった
本作は何故か成瀬巳喜男監督自身が「失敗」と語っており、はっきり言って脚本を描いた水木洋子の作品だと断言している。

そんな裏話を聞いて少し驚いたけど、じゃあこの映画が全くつまらない作品かと問われればぜんぜんそんなことはなく、寧ろ成瀬作品の中でも断トツの異色作でありデカダンス色漂う男女の道行きを描いた「ダメ人間映画」として屹立した完成度を誇る傑作なのである。

この手の題材は後々、川島雄三や今村昌平などが手掛ける戦後闇市ものの走りではないかとも思うし、昭和のダークサイドをこれでもかと描出した水木氏の脚本、構成力には舌を巻く。世間から見放された男女のロードムービーとしても見ることが出来る。

ちなみにラストは「終」ではなく、「花の命はみじかくて、苦しきことのみ多かりき」である。ここに成瀬監督らしい批評精神が宿っている。

女性が未だに奴隷として扱われていることに成瀬監督自身が気付いたのだろうか。監督から言わせれば男は皆クズであり、女こそが希望の象徴だったのかも知れない。
クーリンチェを思い出す。あたらしい時代を生きぬきながら、馴染めず、蛇足といいながら死に切れない二人。

セックスしている間だけが幸福なのが、台湾の少年と違うところで、だから大人はダラダラと人生が続いてしまう。
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