カナダ・トロント、塗装が光るジェット機の車体、その一つのウィングに乳首を擦り付け、自慰行為に耽るキャサリン（デボラ・アンガー）の姿がある。その腰をアラビア系男性が掴み、後ろから挿入する。楽屋ではCM撮影に向けた準備が始まる。制作会社の人間はプロデューサーのジェームズ・バラード（ジェームズ・スペイダー）を呼びに来る。カメラ室の中では、バラードが日本人女性との情事に耽っていた。トロントのハイウェイを眺めながら物思いに耽るキャサリンの後ろから「どこにいたんだ？」とバラードは静かに声を掛ける。お尻周りの開いたスリットを観音開きにしながら、キャサリンはバラードを誘惑する。愛し合って結婚した夫婦は既に互いを求めることでは欲情しなくなり、自分のパートナーが自分ではない誰かと関係を持つことでしか満たされなくなっている。仕事の出張へ向かう道程、助手席に置いた資料を眺めながら運転するジェームズ・バラードの車はハンドル操作を誤り、路肩を大幅に超え、対向車線からやって来た車と正面衝突する。大きな事故により互いの車は大破し、レミントン夫妻の運転していた夫は即死、妻のヘレン（ホリー・ハンター）は一瞬気を失ってからシートベルトを外す。その瞬間、スーツから露わになる左の乳房、この世の終わりのような壮絶な表情をしたヘレンの姿にバラードの目は釘付けになる。

　イギリスのSF作家J・G・バラードの傑作小説である73年『クラッシュ』74年『コンクリート・アイランド』75年『ハイ-ライズ』という70年代中期の「テクノロジー三部作」の序章を原作とする物語は、82年の『ヴィデオドローム』や93年の『エム・バタフライ』同様に主人公は一瞬で運命の恋に落ちる。83年の『デッドゾーン』において、雨の降る中最悪の事故に見舞われたジョニー・スミスは5年間の植物状態の後、突然目を覚ます。今作でも交通事故の極限を体験した被害者であるバラードとヘレンは刹那の最中、ボロボロになった互いの血だらけの姿に欲情する。女は偶然にもバラードと同じ病院に入院している。ギブスが外せなくなったバラードはヘレンの姿にあらためて欲情するが、偏執的な視線を投げ掛けるヴォーン（イライアス・コティーズ）が心底邪魔をする。だがボロボロに大破した車を確認しに来た2人は運命の再会を果たす。青い光、仮面夫婦のベッドシーツ、挿入時にも着衣している紺色のブラジャーなど、北野ブルー顔負けのクローネンバーグ・ブルーとも呼ぶべきあまりにも異色な色彩感覚。白衣の下に黒のガーターベルト、130番のポルシェ・550/1500RSは正面衝突し、痛みという名の快楽を全身に滾らせる。

　オリジナル原作ではエリザベス・テイラーに性衝動を感じたはずの物語は、映画版ではジェームズ・ディーンやジェーン・マンスフィールドの最期の瞬間への妄執に変わる。最新技術による人間の肉体の再生を主眼とした物語は、ただひたすら性的エネルギーの解放に向かう。テクノロジーとセクシュアリティの境界線、真っ先に『ヴィデオドローム』を彷彿とさせるアナログとデジタルの乖離は、死と隣り合わせの狂信的なオーガニズム信仰へと登場人物たちにカルトな歩みを繰り返させる。もっと過激に、もっと大胆にをクリシェとし先鋭化する過激なエピゴーネン。退廃的な表情と死んだ魚のような目、こめかみにドクドクと流れる真っ赤な血はクローネンバーグ初期作品の波打つ脈拍のようにある種狂った生を謳歌する。デボラ・カーラ・アンガー、ホリー・ハンター、ロザンナ・アークエットのあけっぴろげな女優魂、インモラルな性描写を露わにする物語は、賛否両論を巻き起こしたもののカンヌ国際映画祭で見事、審査員特別賞に輝く。

『クラッシュ』
原題 Crash.
映倫区分 R18+.　
製作年 1996年。
日本初公開 1997年1月25日。上映時間 100分。
再視聴で感想を新たに書き直しました。

カナダの鬼才デビッド・クローネンバーグ監督がイギリスのSF作家J・G・バラードの小説を映画化した作品。
自動車事故をきっかけに倒錯的セックスにのめりこむようになった男女の姿を描き、過激な性描写などで賛否両論を巻き起こした。
主人公ジェームズ役にジェームズ・スペイダー、ヘレン役ホリー・ハンター。

倦怠期にあったジェームズと妻キャサリンはハイウェイで衝突事故を起こす。
やがてジェームズはその事故で夫を亡くしたヘレンと再会。
事故の瞬間にエクスタシーを感じ、それを忘れられなかったジェームズはヘレンとセックスをし、さらに自動車事故で性的快感を得た者たちによる集会に参加することに。
その指導者的存在の男ボーンはジェームズとキャサリンをさらなる官能の世界に導いていくが。。。

クローネンバーグは、写真家が人体を撮影するのと同じような親密さで、乗り物だけでなく医療デザインなどのメカを撮影している。
面白いアプローチやけど、見る人を遠ざける可能性は否定できない。
また、今作品には従来の物語構造がなく、登場人物同士の会話、特に身体的なインタラクションに重点が置かれていることも、疎外感を与える可能性がある。
今作品のトーンは非常に魅力的で、全体的に非常に冷たく、明らかに非親密な雰囲気を醸し出しており、視聴者は登場人物と同じように呆然とすることになる。
登場人物の頭の中に入り込むには面白い方法だが、観客によっては序盤で閉口してしまうかもしれない。
しかし、もし魅力的だと感じたなら、今作品にはもっと多くの展開が待っているはずです。
この感情的な空白の世界で、クローネンバーグは、日常生活の無意味な相互作用に興味がなく、その代わりに、自動車のデザインの中で性的な解放を求めるフェチに取り付かれている文化を探求してる。
彼らは危険な世界に住んでおり、ほとんどすべてのシーンに潜むハワード・ショアによる壮大で心に残る音楽のおかげもあって、何か大きな恐怖が迫ってくるのを常に感じる。
クローネンバーグのキャストには、ジェームズ・スペイダー、ホリー・ハンター、エリアス・コテアスといった実力派俳優が名を連ね、監督のヴィジョンを最大限に意図して実現し、キャラとその動機に厳かな信憑性を与えていました。
こないなように、ほとんどの人が日常生活では考えもつかないような欲望を、この俳優たちのようにリアルに演じるのは難しいことやと思うし脱帽です。
クローネンバーグがここで達成したのは、アメリカ人の自動車への執着を、性的衝動を通して分析することであり、巧みな技術やし、魅力的な研究であり、自動車の主題・象徴を担う画像や人体と現代技術の関係など、他の多くのテーマにも踏み込んでいます。
このテーマはクローネンバーグの作品の中でしばしば探求されてきたけど、なぜか彼がこのテーマに立ち戻るたびに、常に新しい解釈をもたらすことができるのは不思議。
目をそむけたくなるような作品でありながら、同時に催眠術のような作品でもあったし。
クローネンバーグがほとんどの作品で達成している技術であるし、ほとんど夢のような品質がそこにはありました。
クローネンバーグが意図したとおりの展開に身を任せた人は、彼の研究に多くの魅力を見出すのは間違いないかな。
今作品の視点を変えてもう少し書きます。
お話は、人種の坩堝アメリカ、ホンでもってとりわけその顕著なろロスアンジェルスの底辺での人種の衝突(クラッシュ)を、追突事故(クラッシュ)の前後の２日間の出来事を通し描いてる。
そこには、ヒスパニック系、白人、アジア系、アフリカ系アメリカ人等々がムレムレムンムンするような生活の匂いや、汗と油と香料の異臭が画面から漂ってくるリアルさ。
色んな小ネタ的話が絡み合い連鎖反応しながら、大きなうねりとなってストーリーが展開される。正直、地味でスペクタクル性がなく真面目な映画です。
人種差別てのは、人が私的な世界にある時や感情が爆発した時に自ずと噴出するんが常。
アメリカ社会は建前としてはあらゆる人種差別に対して厳格な罰則を課してる。
いくら道徳、宗教なんかで、アカンよって説いたかて、人の偏見とか内部の感情はそうそう変えれへん。
せやし、規範だけが人を動かして、表面上差別ない社会の実現性やと見せてるだけが関の山。
今作品の小ネタ話のすべてが、人の一時的感情からくる人種差別がチャッカマン（発火点）となって、臨界点まで危機が迫る。
あるときはまったくの僥倖、自己抑制、罪悪感が危機を救う。
アメリカ社会の必然である人種の衝突、そしてそれを乗り越えて行こうとするアメリカ社会。
その偽善に気づいて、ますます人種の衝突を必然化しちゃう。
ある時、チビっとだけ心地良い融合が天から恵みのごとく降ってくる。
天の気まぐれのように。
とは云え、今作品は日本人のノ～天気な地球皆平和市民てな感じの妄想組曲にゃ陥ってへんとこが、さすがリアリズムのアメリカやと思います。
現実に人種差別があることをらカミカミ咀嚼した上で、多民族社会の活性はどないしたらええかを描いてます。
衝突しては融和する、差別はあかへんちゅう規範にもどり冷静になろうと努める。
結局、冷静になろうとすることさえも、実際は人間の感情や感性があってこそやし、そこにゃ、やはり差別は絶対になくならへんちゅう逆説が成り立つんやとうかがわせる。
これこそが問題を提起して、議論するいつものアメリカの姿ちゃうんかな。
決して現状から目を覆ったり、言葉狩りの偽善で逃げたりしないアメリカの姿を見れた。
個人的には善き作品でした。

よくわからない映画を観てしまった。

フェチズムを扱っているのはわかるけど、何に対するフェチなのかが明確じゃないところが微妙。破壊された車に対してなのか、事故によって生命が脅かされることに対してなのか。

とにかく登場人物達の相手を選ばない発情っぷりが無茶苦茶で、スイッチの入るタイミングも理解出来ないし、最後まで何を観させられているのかわからないまま。
徹頭徹尾不穏な空気感。普通の感覚で観る作品ではない。