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私はゴースト
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目次

私はゴーストの作品紹介

私はゴーストのあらすじ

郊外の一軒家にとり憑く、彷徨える亡霊エミリー。だが、雇われ霊媒師シルヴィアの力を借りながら、成仏できない自らの運命に隠された秘密をひも解いてゆく。彼女はなぜ死んだのか、そしてなぜ成仏できないのかー。すべての謎が明らかになるとき、想像を絶する恐怖が解き放たれる。

原題
I Am a Ghost
製作年
2012年
製作国
アメリカ
上映時間
76分
ジャンル
ホラー

『私はゴースト』に投稿された感想・評価

kuu
3.6
『私はゴースト』
原題 I Am a Ghost.
製作年 2012年。上映時間 76分。
成仏できない女性の霊が、声しか聞こえない霊媒師の助けを借りて自らの死の真相を解き明かしていく姿を描いた新感覚の心霊ホラー。

人里離れた一軒家に取り憑いている亡霊エミリーは、自分が死んだことに気づかないまま、淡々とした毎日を繰り返していた。
そんなある日、彼女の耳にどこからか女性の声が聞こえてくる。
シルビアと名乗るその女性は霊媒師で、エミリーを成仏させるためにやって来たのだという。
エミリーはシルビアと一緒に、自分がなぜ死んだのか、そしてなぜ成仏できないのかを探ろうとする。

悪霊や悪魔が怒り狂ったり、時にはただ戯れたりするって感じの自然科学の知見では説明できない現象が引き起こされ、霊能者の類いが謎に挑むっていったモンは、宜保愛子から嵌まり、今でもその類いを扱った作品を結構見てる。
しかし、今回の主役は幽霊の方。
自分が死んでいることに気づいていない幽霊に、まずは自身が死んでいることを自覚させ、そしてその壮絶な最期に迫っていく様子が、静かな中にも鬼気迫るものを感じさせます。
ゾンビ目線の映画なら数本見たが幽霊はあまり見かけない。
面白い作品でしたが、同じシーンの繰り返しが多く、特に冒頭は少々欠伸がでた。
が、後半は、対照的にかなり途方もない設定になっていくし、好き嫌いは分かれそうな作品ではありますが、個人的にはとても良かった。
タイトルの意味を、作品全体を通して痛感させられるし、メタファーとしての意味を深読みできるそんな作品です。
霊媒による除霊を幽霊の側から描いているのが、非常に新鮮やったし、意外性のある展開にも惹かれるたかな。
ただ、描写はかなり単調で、途中で飽きてしまうちゅう危うさも否めないそんな作品でした。
終わり方も独特でしたよ。

余談ながら、
映画は冒頭は、アメリカの詩人エミリー・ディキンソンの詩を掲げたのちに始まります。
One need not be a Chapter to be Haunted.
One need not be a House.
The Brain has Corridors surpassing
Material Place.
引用された詩と徒然に駄文を。

まず、出典の詩は、エミリー・ディキンソンの詩

One need not be a Chamber — to be Haunted —
        By Emily Dickinson.
One need not be a Chamber — to be Haunted —
One need not be a House —
The Brain has Corridors — surpassing
Material Place —
Far safer, of a Midnight Meeting
External Ghost
Than its interior Confronting —
That Cooler Host.
Far safer, through an Abbey gallop,
The Stones a'chase —
Than Unarmed, one's a'self encounter —
In lonesome Place —
Ourself behind ourself, concealed —
Should startle most —
Assassin hid in our Apartment
Be Horror's least.
The Body — borrows a Revolver —
He bolts the Door —
O'erlooking a superior spectre —
Or More —

愚かな意訳ですので誤り多いものですが、
『亡霊と拝眉のドッキリ 寝室でなくても』
    エミリー・ディキンソン
          愚意訳kuu ことGeorge
亡霊と拝眉のドッキリ 寝室でなくても
はぁ家でなくても
頭蓋の中にはリアルな場所より
悠遠たる 廻廊がある

まだしも安全なのは真夜中に 外で遭遇する
亡霊の方さ
あの冷たい客人(心の居場所)と向き合うよりは

遙かに安全なのは 僧院を
石を投げられ追われ駆けてゆく方より
武装解除余儀なくされて さびしい場所で
自分自身に直面するよりは

己の背後に隠れている 自分自身こそ
何よりも驚かされるものはない
部屋にひそむ暗殺者など
怖くもない

手には(武装して)リボルバーを携えて
彼はドアをロックしてみても
品格(精神世界)の亡霊は見逃してまう
もっと手強い亡霊かそれ以上の何かを

自己意識をめぐるかのような面白くて深い詩。
現実世界(外界)より、心の世界(内界)の方が遥かに危険で、
『自分』の背後に
『自分』が隠れとることにいちばん驚くと詠む。
我々人間たる意識の中心の自我は
『自分』
をまとまりのある体系として基礎づけてゆく。
そうすることで個別化(個性化)された
『自分』
が獲得されてゆく。
所謂アイデンティティーの確立なわけやけど、それがそんまま心全体の平安につながるかと云うと、そうでもないし難しい。
自我を形成してゆく過程で意識からはこぼれ落ちていった何か、あるいは相容れなくて拒まれた何か、そのような意識下へと役割を割り振られた何かが、ふと" spectre "亡霊(怖ろしい幻影)となってドッキリ現れ、自我をビビらすこともある。
この詩には5つの連からなり、各パートで現実世界と心の世界が並べて置かれる。
詩の語り手は終始、心の世界の危うさを説く。
現実世界に対して有効な武器であるリボルバ-たる武器も、心の世界の死角から立ち現れてくる亡霊を阻止することは出来ひんと云う。
だとしたら、『自分』はどないして『自分(自我)』を死守すればええのか。
こんなひ弱な『自分』から。。。
キリスト教圏の場合、自立した自我に対する無意識の領域の充足からの平安には信仰がおおきく貢献していると思う。
修道院から追われる状況は、無防備な状態で自分自身と出会うイメージに対比される。
無防備(道具なしの丸腰)という設定はキリスト教の信仰から引き離されたことと密接に関係しているんかな。
信仰は心の拠り所。
その信心を持つ者を支えてくれるよりどころ。
神と共にあることの安心感。
でも、それを拒絶するなら、頼れるのはあとに残されたちっぽけな『自分』しかいいひん。
詩は、自分自身(自己)の背後に隠れていた『自分』へと展開される。
自己は全体性の中心やし、そこには『自分(自我)』にとってちょい不都合な『自分』も含まれる。
何よりも驚かせる、そのような、本来は意識下に隠されて見てはいけなかった『自分』を見ちまった(認めざるを得ない)驚きであることがなんとなく理解できる。
その驚きに、死の危険を喚起する暗殺者のイメージが対比されて、『自分』の驚きが死への恐怖以上のものであることが示される。
驚きの対象として現れる『自分』の背後に隠された『自分』てのは、どないな『自分』なんか。
具体的な詩を見るかぎり、描写に乏しいので、はっきりしたことは云えないまでも、これは『影』じゃないかな。
誰やったか心理学者のジジイの解説なら。
『影の内容は、簡単にいって、その個人の意識によって生きられなかった反面、その個人が容認しがたいとしている心的内容であり、それは文字どおり、そのひとの暗い影の部分をなしている。われわれの意識は一種の価値体系をもっており、その体系と相容れぬものは無意識下に抑圧しようとする傾向がある』
とある。
西洋では自立した自我が求められるが、その反面である『影』との出会いてのは、その人の意識体系を脅かすものとして怖れられることが多いと云う。
この感覚は、ニュアンスに富む『影』を文化のなかに取り込んできた日本人には実感しにくい。
隠されていた『自分(影)』への驚き、若しくは怖れといってもよいかもしれない情動に呼応するかのように、最終連の冒頭にいくらか物騒な言葉 Revolver が登場する。
アメリカの成人男性の象徴そのものであるかのようなリボルバー(回転式拳銃)。
その『影』に拮抗するかのように立ち現れた女性の無意識人格の男性的な側面(アニムス)のようでもある。
ドアをがっちり締めて、現実世界の守りを強固にしても、心の世界の亡霊を阻止することはできない。
心の世界には『自分』(自我)からは容易に知ることの出来ない領域~死角がいくつもある。
詩は最終行で Or More と綴られ、その先の不安をかきたてるように終えられる。
詩の内容は、こんなふう救いのないもの(解決のないもの)やけど、視点を少しかえて詩のつくりに注目すると、また違った情景が見えてくる。
詩を詠むと今作品の映画もまた味わい深い。
この詩には、ひとつも I (わたし)が出てこない。作品が『わたし』の心(内面)を主題にして詠まれるのであれば、そこに『わたし』を投入して語るのが自然だと思う。
しかし、ディキンソンは巧みに、 I や me を排除して詩を組み立てている。
個としての『自分』の存在を排除することで、詩はつよく客体化される。
つまり、この怖さは皆同じですよ、と云うようなメッセージを読み手に投げかける効果を与えてる。
この詩をディキンソン個人の精神の不安定さ(躁うつ病や気分障害など)に結びつけることも容易やけど、その背景にディキンソン個人のこんなの在り方が深く関係しているとしても、その表現が個を越えて普遍へとたかめられていることの意味を大切にして、映画『私はゴースト』を見れば、深いところから『自分』を基礎づけてゆくことの困難さに直面するいまの時代と深く関係したメタファーをテーマのなのだと思う。
Yuuki
4.0
私はエミリー。毎朝決まった時間に起きて、目玉焼きを焼いてお花を買い、掃除をして読書をして静かに暮らしていたんだけど、寝室に入る時に謎の声が聞こえてきた…。え…「私は霊媒師シルビアなんですが…お前はもう死んでいる」って?ひでぶ〜!わたし幽霊ってこと〜!?でも何で死んだのか全然思いだせない〜!な話

主演は一人、定点カメラのような動きの無い構図、BGM少なめ、日常の同じ画を繰り返しながら霊媒師とコミュニケーションをとっていくというかなり実験的な攻めた構成ですが、それが薄っすらとした怖さを感じさせるパワーを秘めている良作。この白目をむいたジャケットを見ていただければその異質さは分かるはず…。ホラー描写についても、はいビックリ!ドーン!!ギャー!!みたいな流れはすべて排除して、若くして死んでしまったエミリーの現在の心情を描きつつ、ループする日常を写しながら少しずつその先を見せて「なぜ死んだのか」というところを究明していくサスペンス的な要素を持たせてます。まさに「静のホラー」を突き詰めている感じですね。途中までは…

途中まで…なので、終盤それまで保っていた静を解放して「ほら!!起きて!!すごいから!!」とウトウトしてるところに肩を掴まれてガタガタされるような実にショッキングな展開も待ち構えており、それもまた一興。この落差はすごくて3年前に見た今でも鮮明に覚えてます。終わり方もまたすごい…。さらに75分でさくっと見れる親切設計。これは見るっきゃない!

完全にジャケット写真のインパクトで鑑賞しました😳
白目むいて「私はゴースト」って言われたら、そりゃあ、「おおそうか‼️わしはかずまや‼️」って言って観たくなりますよねぇ(意味分からん🤪)

【あらすじ】
郊外の一軒家に住むエミリー。
ある時、女性の声が聞こえてきますが、姿が見えません。
声の主はシルヴィアと名乗る霊媒師で、実はエミリーは既に死んでおり、幽霊になっていたのです。
そしてエミリーは、生前の自分についての記憶を思い出していき・・・。



👇以下、ネタバレ含みます👇
      ・
      ・
      ・



【所感】
冒頭の、
「霊は墓や家だけでなく、人の心にもとり憑く。」
           エミリー・ディキンソン
という、いかにもな但書きに、いかにも何か出そうな一軒家。
この家に何かあるのか、エミリーの心に問題があるのか。
結局のところ断定できる描写は無かったのだが、現実を直視できないエミリーの恐怖と、虚無の世界を、作品全体を通して表していると考えるのが自然かも🤔

この映画には、多くのルーティーンと伏線が。
・パンと目玉焼きの朝食
・朝食を食べている最中、突然左手に持ったナイフを振り上げる
・洗面台でけがをしている右手を痛がり、苦悶の表情を浮かべる。
そして、水の中にいるような効果音。
この音の正体は、エミリーが母親に、湖に沈めかけられた過去からくる模様。
それと同時に、この家の中が、潜水艦のような息苦しい空間である事を示しているようにも感じた。

シルヴィアに諭され、絨毯に乗るエミリー。
外の世界が見え、(多分エミリーの)葬式の様子が見え・・・。
そして、ここでエミリーは殺されたのではなく、自殺だったという、重大な事実を知る。
絨毯って魔法陣のような絵柄が多いけど、何か意味があるのだろうか?

クライマックスは、なかなかホラーな描写なのだが、螺旋階段から降りてくる白塗りの男が、呪怨の俊雄くんの大人バージョンにしか見えなかった(笑)
痩せたたむけんが白塗りして襲ってくる感じ。
てか、たむけんの名前ひさしぶりに言った気がする🙄

【まとめ】
この映画の怖いところは、「霊」の存在そのものではない。
「霊」という、恐らく皆がなるであろう存在を主観的に描いていて、成仏した先には虚無という無の世界が広がっているという点。
エミリーの言葉を借りれば、「どす黒い"無"、際限のない虚無。」が広がっている。
もし本当にそうなら、生きている人にとり憑く霊の気持ちも分からなくはない。
うーん、やっぱり死にたくないな😥

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