どうってことないさの作品情報・感想・評価

どうってことないさ2016年製作の映画)

Che vuoi che sia

製作国:

上映時間:105分

3.4

「どうってことないさ」に投稿された感想・評価

いち麦

いち麦の感想・評価

5.0
イタリア映画祭2017にて鑑賞。堅実な生き方が陽の目を見ない現代、ネット社会の空虚さが際立つ辛辣なドラマ。その分だけ苦くも清々しい男女の着地が愛おしい。次第に沈んでいく二人を尻目に勢いづく一部周囲との対比が冴えた演出。
ひろ

ひろの感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

ネット社会って怖いなーって思わせられる映画だった。

笑えるところはあったけど、ちょっと少なめかな。イタリア人には通じる笑いってのが多かった気がする。たぶん…

一生残るもんなぁネットって…一度上げてしまったら、自分がその元のを消したって誰かがそれを保存してたり拡散してたりする可能性がある。そうなってしまうと完全に消すのはもう困難だよね。

そういうのが怖くてSNSに自分の写真とか載せるのが嫌いなんだけど、今の人たちガンガン載せてるよね。すごいと思う。まぁだいたいが何の被害もなく終わるんだろうけど、いつどこで誰が見るかわからないようなところに個人的な写真を載せるのは怖いよねー。

主人公が「目標金額に達したら恋人とのセックス動画をネットにアップする」って宣言をしたところ、支援者がどんどん増えて行くっていうのがほんとすごかった。みんなそんな興味あるの?イタリアだから?日本でやっても同じようになる?

ネット事情という現代の状況を題材にしてるからか新しい感じの映画だなと思った。イタリア映画っぽくないというか(言うほどイタリア映画観てないから知らないだけかも)。
最初の監督とかの紹介の部分もスマホの画面だったり色んなところで名前が紹介されてて面白いなと思った。
カメラワークもかっこいい感じがした。うまく説明できないけど笑

結局あそこで撮影やめてしまってその後の処理は大丈夫だったんだろうか…大炎上だよな…その辺のことは描かれなかったから気になる。恐らく金は出資者に返したんだよね?
最後修理に出したスマホから、以前撮影してたセックス動画をネットにアップされてしまったのが怖いと思った。金にはならないし、動画は流されるしで最悪の結末だな、と。てか修理してくれる人、あんなに信用ならないの?!客のデータを勝手にネットにあげるなんて怖すぎるんだけど…。

スマホはほんと個人情報の宝庫だからマジで怖いと思う。無くさないようにしようと思ったし、余計な写真、情報をネットにあげないようにしようとも思った。

…まぁそんなこと言っといて結局この感想もネットにあげるんだけどね。ネタバレ込みで。
アメブロを更新しました。 『【イタリア映画祭】「どうってことないさ」どうってこと、あるんだよねぇ~!(笑)』https://twitter.com/yukigame/status/858369605349195776
エドアルド・レオ脚本・監督・主演。自営の主人公は非正規数学教師の彼女と経済的に子作りできずクラウドファンディングで新事業の資金集めを始めたが不調。酔った勢いで目標達成したら二人のセックス動画を公開とSNSへ投稿し大騒動に。ネット社会での究極のプライバシーの値段はいくら?近しい人達には見せないプライバシーでもネットには晒せる感覚とは?
イタリア映画祭2017
のん

のんの感想・評価

2.5

このレビューはネタバレを含みます


知らない人にひどプライバシーを曝せる。知ってる人にはプライバシーを晒したくないという矛盾を突いたコメディ。アメリカ映画「幸福の条件」をちょっと思い出した。

個々の笑いは面白かったんだけど、「セックスを曝せるか」という条件に「だっていくらでも素人の溢れてるのに?」って疑問符持ったままだったのが足かせになったかなぁ。

考えてみれば、イタリア人より宗教的縛りのない日本人の方がそこらへんフリーなのかも。


@有楽町朝日ホール
イタリア文化会館の先行試写にて

原題は Che vuoi che sia (どうってことないさ)あるいは(それがなんであってほしいのか、たいしたことないだろう)ってな感じのよく使う表現だけど、たしかに京都ドーナーツクラブのおにいさんが言っていたように、 In qualche modo faremo (なんとなるだろう)というタイトルでもよかったかもしれない。

そうであったらよかったかもしれない、という話をもひとつすれば、この映画、どうせならラストシーンから始めた方がよかったかもしれないな。なにしろ、SNSやクラウドファンディングやTwitterなFacebook の世界が開く地獄は、あのラストシーンなんてほんの入り口で、まだまだ奥が深いんだよね。

だってさ、ぼくらの国には、すでに『リリーシュシュのすべて』や『リップヴァンウィンクルの花嫁』があるじゃない。どちらも、ぼくに言わせればみごとな喜劇。混沌から始まって、どんどん深みにはまって地獄を見るんだけど、ふと、思いがけない秩序が立ち上がってくる。それが喜劇の定型じゃない。近代をひらいたダンテの神々しい喜劇、あるいは『新曲』からの決まりごとなんだけどさ、それが、岩井俊二を産んだぼくらの国にはあるんだよね。

まあ、そこまでは要求しないから、すくなくともイタリアっぽいところが見たいなと思って見ても、舞台のミラノはミラノに見えない。ガラス張りの構想ビルをドローンで撮影してくれても、安っぽいコマーシャル以上のものにはならないわけ。笑いってのは、笑い声の向こう側に地獄からのノイズが聞こえないとだめなんだよな。

そういう意味で、かろうじてイタリアらしい笑いの可能性を開いてくれてたのは、主人公のアパートに居候しているハゲおやじのロッコ・パパレーオの俗物ぶりとか、その別居中の奥さん役でモダーンなスタイルで気取りたたがりのマリーナ・マッスィローニの可愛いエロス(相応に歳をとってるのにやっぱりエロ可愛い)のはよかったかな。

それから、ローマからルーマニア人の奥さんを連れてミラノにやってきた主人公の父を演じたのが、マッシモ・ウェルトミューラーのローマのおっさんぶりも最高だね。この人、リーナ・ウェルトミューラーの甥っ子らしいけど、言われてみればなんだか面影あるかもしれない。そういう個性的な脇役にもちっと活躍してもらえたら、ミラノの地獄めぐりで大笑いっていう映画になったんじゃなかったのかね。

とはいえぼくはこの映画のおかげで、岩井俊二のすごさをあらためて確認できちゃった。そこは感謝だなって話を、映画の帰りに、高田馬場あたりの日本酒の美味しいお店で、読書の師匠とだべった金曜日の夜でした。