戦後75年目の残留。生き別れた者が伝える、日本という国の今。「私を日本人と認めてほしい!」-フィリピン残留日本人 。「私は日本人。でも言葉がわからないの!」-中国残留孤児。太平洋戦争以前、…
>>続きを読む昭和20年3月。窮地に立たされた日本軍は、勤労奉仕と称して沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の若い女性たちを戦争の最前線へ送る。日本軍のため、必死に働くひめゆり部隊。しかし、米軍の…
>>続きを読む北朝鮮人でさえ知らない北朝鮮の歴史。 1950年代に東ヨーロッパに移住した朝鮮戦争の孤児についての未知の秘密。 ドキュメンタリー監督による執着の15年の歴史トラック。 朝鮮戦争70周年、2…
>>続きを読む中国・深圳の街なかで、ある日突然姿を消した3歳の息子ポンポン。両親は必死で愛する息子を探すが、警察に届け出て、 インターネットを使って情報を求めてもその消息はつかめない。罪の意識と後悔に苛…
>>続きを読む長田新の『原爆の子』を八木保太郎が脚色し映画化。8万人を超す広島市民がエキストラとして参加し、原爆投下直後の広島を再現した。ベルリン国際映画祭で長編劇映画賞受賞。