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風の教会
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『風の教会』に投稿された感想・評価

kuu
3.6
『風の教会』
製作年: 2018年。製作国: 日本。
上映時間: 12分
荒廃から修復へと向かう教会の姿や、建物に差し込む光、作業する人々の動作を美しく描いたドキュメンタリー作品。

​形あるものはすべて、ただ一つの偉大なる沈黙に向かって、ひそかに自らを傾けている。
建築家がコンクリートの冷たい言葉で刻んだあの空間は、永い不在の中で用途と云う道具性を脱ぎ捨て、その奥底に深い夜を蓄えていた。
汚れ、
 曇り、
  見捨てられた壁面。
それは単なる滅びの悲哀ではなく、人間の日常的な配慮-Sorge-から解放されたことで、物質は自らの重みと冷たさ——すなわち大地-Erde-そのものの無気味なまでの自閉性を、剥き出しにして佇んでいた。

​小田香のカメラは、その積み重なった不在を、太古の地層を素手で探る考古学者のような恐れと敬いをもって、ただ静かに見つめている。
この短編作品は、小生の肉眼が捉える単なる表象-Vorstellung-ではなく、隠されていた存在の真理が覆いを外されてその姿を現す開顕-Offenbarung-の戯れ。
コンクリートのスリットから落ちる光は、暗闇という名の開けている場-Lichtung-へと差し出された、存在からの密やかな呼びかけに等しい。
光が微細な塵を照らし出すとき、時間は概念であることをやめ、突如として物質的な肉体を得てそこに有る。
かつてそこを通り過ぎた祈りの残照、そして新しく訪れる生の予感が、明滅する光と影のあわいで、存在の叫びとして確かに震えていた。

​耳をすませば、そこには修復に携わる者たちの、慎ましい手の仕事がある。
足音、
 衣の擦れ、
  作業の小さな響き。
それは一度は人間の歴史から退き、大地へと沈み込もうとした建造物を、再び世界-Welt-の語りへと引き戻す、優しくも苛烈な格闘。
彼らの手は、過去の傷を覆い隠して道具としての機能を修復するのではない。
傷という開口部そのものを、新たな真理が生成されるための通路へと変容させる。

​タイトルにある『風』とは、かつて巡礼たちがプネウマ(古代ギリシア語: πνεῦμα, pneuma)と呼んだ聖なる息吹であり、人間の知覚を越えて吹き抜ける存在の開顕そのものにほかならない。
風それ自体を対象化して掴み取ることは、何者にも不可能。
けれど、長い柱廊を渡り、冷たい壁に突き当たるとき、小生は非-隠蔽アレーテイア(Aletheia)としてしか立ち現れえない存在の輪郭を、確かにその皮膚で知覚する。

​映画『風の教会』が成し遂げたのは、まさにこの芸術作品による真理の定立。
目に見えぬ時間、
 目には見えぬ祈り、
  存在の静かな息づかいを、
この12分間の映像は建築というフレームを借りて完璧に可視化してみせた。
いまや教会は、人間が利用するための単なる道具-Zeug-ではなく、大地と世界が互いに争いながら真理を開示し続ける、一つの自律した生きた構造体。

​小生はこの映像を通じ、物質が利用価値を剥ぎ取られ、最も深い孤独に沈みこむ瞬間にこそ、最も清らかな存在の風が吹き抜けるのを目撃した。
そしてその風は、小生という現存在の了解の枠組みを揺さぶり、内なる魂の窓を、静かに、そして永遠に開け放っていく。
RIO
3.5
六甲山中の庭園に
ふり落ちる陽射し

壁を滑る連続する水滴たち

コンクリートに
舞い降りた十字架

静寂

ひびきわたるセミのこえ

礼拝堂へ続くコロネード

庭園にすむクロい蝶々

巻き上がる風



安藤忠雄
*..・¨風の教会
kuu
4.0
ケーブルカー+音+オルガン+水+ヤモリ+明暗◎



小田香監督の12分6秒の映像作品です

安藤忠雄の教会三部作のひとつ「風の教会」の修復前~工事~完成を楽しめます💕

短編なのでこれ以上は語りません…是非ご覧になってお確かめ下さい!

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