少しずつウォン・カーウァイ監督を愉しむの巻。

もともとは「恋する惑星」の一部として考えられたストーリーであったが、独立した作品として製作された。

原題は「堕落天使」。それにしても、センスのカケラも感じない邦題が多い中、ウォン・カーウァイ作品の邦題だけは、センスがすこぶる良い。

殺し屋の男（レオン・ライ）と、その男に仕事の依頼を伝えるエージェントの女。殺し屋と恋仲になる、よく喋る女。口をきけない青年モウ（金城武）と失恋した女。

5人の男女の"擦れ違い"の群像劇。

短編を繋ぎ合わせた風合いの物語は、原題が示す通り、堕ちた天使達の戯れのよう。

とにかくカメラワーク、カメラアングルが独特。そして、香港のネオン街の光と夜の闇とのコントラスト。特に印象的なのは、ジュークボックスが放つ鮮やかな光と夜の街の暗闇。ウォン・カーウァイ監督のお洒落センスをこれでもかと見せつけられる。

モウは「恋する惑星」との類似点が幾つも見られるが別人。何事にも期限があるという考え方は共通するが、そもそも彼は警察官ではないし、期限切れのパイン缶を食べ過ぎて口をきけなくなったという。パイン缶のくだりも「恋する惑星」と同じ。しかし、そもそもモウの性格は全く異なり、夜中に他人の店を勝手に開けて、強引に商品を売りつける変わり者。

「恋する惑星」でも見られたが、早送りのような映像で被写体の動きはブレが出る程に早く、周りの動きはゆっくりと映し出す"コマ落とし"と呼ばれる撮影技法が多用される。

アクションシーン等はもっぱらコレなんだが、個人的には見難いだけなので、あまり好きじゃない。

全てが繋がっていくかというとそうでもない。群像劇でありながら、何せ雑然とした物語。まさに香港の猥雑さを映像として切り取ったような作品。

「花様年華」のような熟成された渋みが1番好きで、「恋する惑星」や本作はまだまだ荒削りな感が強い。それにしても、他人の部屋や店に押し入るような変わり者が多過ぎる。

• #2022akirunaway

「天使の涙」4Kレストア版を見た。
ちょうど25年ぶり。
世界観だけで1時間40分を押し切るウォン・カーウァイの力量。
広東語、普通語、台湾語、英語、日本語が錯綜する中、
自然体で主役を張るのは金城武しかおらんやろうね。
ラストシーンがそもそもこの作品が「恋する惑星」からのスピンオフであることを示す。
やっぱり「恋する惑星」もシアターで見たい。
この作品の金城武はショーケンっぽい。

　真っ赤な鮮血と悲鳴にすっかり嫌気が差した凄腕の殺し屋（レオン・ライ）は、そろそろこの稼業から足を洗いたいと考えている。彼の仕事上のパートナーである美貌のエージェント（ミシェル・リー）はそんな彼の思いを薄々察してはいた。だがその真意まではわからない。何せ映画は2人を簡単に正対させようとしないのだ。電車が走るすぐそばにある秘密のアジトではまるで隠れんぼをする様にレオンとミシェルは交互にそこを訪れ、長い手を差し入れてカギを取っては室内へと入る。それは『恋する惑星』での刑事633号（トニー・レオン）の部屋を巡るフェイとのやりとりによく似ている。エージェントが根城とする重慶マンションでは、管理人の息子のモウ（金城武）が夜な夜な閉店後の他人の店に入り込んでは商売を繰り返す。この様にウォン・カーウァイの映画ではしばしば昼間の住人とは別の夜の住人が不意に顔を出す。『恋する惑星』でフェイはうっかり金魚を買ってきたところで633号と鉢合わせになったが、ここでは登場人物たち全ての呼吸や足取りが微妙にすれ違うのが印象的だ。殺し屋とエージェントも、エージェントとモウも、殺し屋と金髪の女（カレン・モク）も普通の出会いの経験もしないまま、どこまでもすれ違い続ける。

　『恋する惑星』を昼と夜がめくるめく交互に訪れる世界だったとすれば、今作は夜だけを切り取った純度100%の猥雑な映画に他ならない。確かに殺し屋は白昼堂々と殺しなど行わないし、5歳の時に期限切れのパイン缶を食べ過ぎて口がきけなくなったモウも人々が寝静まった夜に街を揺蕩う。都市に暮らす若者たちの孤独な焦燥は、夢遊病者たちの叫びを呑み込みながら朝へと向かう。ぼんやりと曖昧模糊とした日常をビビッドに刈るようなネオンライトの光は若者たちを嘲笑うかのようにそこに在る。『恋する惑星』以上に今作では殆ど屋外の場面がない。殆ど唯一屋外に出たバイクの2人乗り場面も奥行きのあるトンネルへ吸い込まれて行く。クリストファー・ドイルの斜め構図は閉所の方がより大胆に奇抜な動きを取って行く。『恋する惑星』のハンバーガー屋のように、一見小綺麗な店構えの裏には奥まった狭い厨房があり、そこに多国籍な人々がひしめくように働いていた。今作でも袋小路のような奥へ奥へとひしめくばかりの人物配置は、殺し屋にとって願ってもない配置となる。だが夜の闇に瞬く銃声といった香港ノワールのような様式美は果たしてウォン・カーウァイが意図したものだったろうか？パイナップルの真ん中の空洞のように、カーウァイは美男美女たちをどこか風変わりなキャラクターとして彩る。モウは刑事223号よりも明らかに年下で、幼稚な人物だが金城武はこの役を嬉々として受け入れ、ウォン・カーウァイ組の住人としての気概を見せた。ある種『恋する惑星』におけるフェイ・ウォンの役割を演じているのだが、ハードボイルド気取りのレオン・ライとは微妙に周波数が違ってしまっている。