ナム・ジュン・パイク 月は最古のTVを配信している動画配信サービス

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ナム・ジュン・パイク 月は最古のTV

ナム・ジュン・パイク 月は最古のTVが配信されているサービス一覧

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ナム・ジュン・パイク 月は最古のTVが配信されていないサービス一覧

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『ナム・ジュン・パイク 月は最古のTV』に投稿された感想・評価

Mcom
3.7
ビデオ・アートの父と称される現代アーティスト、ナム・ジュン・パイクのドキュメンタリー映画。
彼の人となり、人生、そして作品を多面的に捉えていました。
正直そこまで詳しくはないんですけど、デジタル時代を先見していたようなそのセンスの凄さに驚かされたとともに、知らずに見ていた作品が実はナム・ジュン・パイクのものだったと知ることができたり。
また多くのアーティストにも影響を与えていたらしく、彼の功績は偉大だなと。
ワタリウムで企画展をやっているらしいので行ってみようかなと思います。
「パフォーマンス・アート:身体と空間をめぐる映画祭」の5作品の中のひとつとして公開(日本初公開)

ナム・ジュン・パイクさんが映像を使った(作り出した)作品を発表し始めた1960年代後半から見て現代はテレビ→PC→スマホとデジタル画面が個人単位で手放せない世の中になった。彼の先駆者的作品(パフォーマンス)はデジタル社会到来の預言だという
この監督はそれを踏まえてこの映画を構成しているようで、モニターやTVを使った作品(パフォーマンス)を主軸にその当時の関係者や親しかったアーティストへのインタビューと本人が過去にインタビューに応じた映像など
チラチラと有名人も映る
肝心の主役の本質まで浮き出せたかというと、うーん?といった所とストーリーを作ってしまってるなぁという感想
一人のアーティストが生涯をかけて自分の想像を形にする事に邁進した姿の輪郭をうっすらと見る事が出来るドキュメンタリー

でも知らなかった映像やニコニコしてるパイクさんが沢山見れたのは嬉しかった

エンドロールがピンクでかわいい
エンドロールの音楽は坂本龍一さん(現代音楽)
手記を朗読するのはスティーヴン・ユァンさん









ここから↓は思い出した事思った事をずらずらと書いてるだけです
(敬称略)


韓国の今でいう財閥の裕福な家に生まれる
日本に侵略された後、南北分断、朝鮮半島全体が貧困に陥っていた中裕福だったというのが、はっきりとは言わなかったけれどかなり悪どい事をしてお金を得ていたのかなと思った
パイク自身も「父はいつもお金の事しか考えておらずお金が第一の人だった」と語ってる
(後でwikiを見たら朝鮮戦争を逃れるために香港→日本と渡って東京大学を卒業→ドイツとなっていて、ドキュメンタリーといいつつもかなり"日本"を排除した内容にしたいという意図を感じる。日本軍の侵略と南北分断も続きで語られる部分もありモヤモヤ)

ドイツに単身渡る
ナチスドイツの影響がまだ色濃く残っている時代
パイクの母国も日本に侵略され一般市民が理不尽な迫害を受けた歴史(一般市民が日本軍人と思われる人達に捕えられている映像)が挟まれる
音楽学校になんとか(!?)潜り込んで卒業(本人談)音楽家となる
映画の中では音楽(西洋音楽)はヨーロッパ人のもの(他の地域・民族が表現できるものではない)と当時を語ってた(パイクを知る人談)
ドイツの人から見ればパイクは東洋から来た自分達とは違う肌の色の人種で当時は差別の対象ともなりうる存在。きっと色々な酷い目にあっただろうなと想像する

映画の終盤に、ん十年ぶりで韓国に帰った際のインタビューで"自分を韓国人だと思いますか?"という質問で「ドイツにいる時は韓国人が自分1人だったから自分は韓国人だった」と答えてるところからドイツ時代の同じ民族の人間が居なかった孤独さも感じた
音楽家となった頃のピアノを弾く映像が新鮮
(この時は作曲家になりたかった)
この時期見たジョン・ケージのコンサートに触発されパフォーマンスアートに目覚める
この時のかはわからないけど、一般にいうコンサートとは全く違う理解不能の状況に観客が呆れて帰ってしまったり、ニヤニヤしてる様子のコンサート映像が挟まれる

パイクにとっては彼のパフォーマンスを見る前を"BC(ケージ前)"と本人が表現するくらいの衝撃だった
「コンサートの後ケージに"素晴らしかった"と直接伝えると、そう言ってくれる人が珍しかったのか名前を聞かれた」とパイクの言葉
生涯の親友となる
「ジョン・ケージへのオマージュ」ではケージの肩くらいしか身長のない(パイクの事をそう形容してた)まだ駆け出しのパイクがケージの頭に何かぶっかけて、彼のネクタイを鋏でチョッキンしてそのままどこかへ行ってしまい、しばらくしてから会場のケージ宛にパイクから電話がかかってきて「終わりだよ」と。
その間1時間ほどジョン・ケージと観客はどうしていいのかわからずそこでじっとしてた
とケージ本人が話してて面白すぎる
パイク曰く「偶然性をパフォーマンスしに来たのにネクタイをしっかりと締めてくるんだもの」
と理由を言っていて、確かに
ケージはパイクの事がますます好きになったに違いない

フルクサスに参加
メンバーだった小野洋子さんもチラッと出てくる
(フルクサスのメンバーとして印刷技術を使った前衛美術を残してるけどそれが使われたかどうか覚えてない)
この辺は所々ウトウトしてしまい記憶があまり無い

配線丸見えロボットの製作に協力した日本人の方談
「突然連絡がきた。自分で設計図引いて手伝ってくれって」

人の声の音程や強弱に合わせて波形が変化するモニターアートを開発発表
パイクさんの作品から出る"音"が好きだ。wikiによると「日本初のノイジシャン(ノイズ音楽家)」

女性チェロ奏者とのコラボーションの様子が面白い
パイクが椅子になってそこに座って演奏
透明ビニールのドレスで演奏
裸のパイクの背中をチェロにして演奏
女性の乳首に器具を貼り付けて演奏?????
ロボット君も登場

ビデオ・アートの製作
後のMVにも影響を、というか人のシルエットがビヨヨーンとなるところなどまんま真似されてる(パイクの作った映像とプリンスなどのMVなどが並べて映し出されて分かりやすい)

貧困とTV仏陀
収入があると次の作品に持ち金全部投入するのが常だった(友達の芸術家談)し、ビデオ・アートというものを実際に買い取るのは難しい事だった(画廊?の人談)らしく貧困はかなり深刻だった
そういう生活の中、最後のお金を払って「仏像買ってきたよ」って帰ってきたくだりが笑ってしまう
パートナーだった久保田成子さんがその時の激おこの様子を語っておりそのブッダ像が一発逆転の大ヒット作品「TV BUDDHA」になる
どんどん売れたから仏像を買ってきては作品を次々作った話しも面白い(本人談)
インタビューした芸術家や元美術館員の人達が好きな作品を聞かれ「ティヴィブッダ」と皆答えていて欧米人だからかなと思ったけど中国人アーティストも「モニターに映る自分をずっと見てる。いろんな想像ができて面白いじゃん」みたいな事を言っていたのが印象的
以前、何かの対談で李禹煥さんが村上隆さんに売れる作品を作るのが上手で羨ましいと冗談ぽく言っていたのを思い出す
皆んなが喜ぶ作品を作り続けるのはアートは結局人と人の間でしか存在の意味も意義もない訳(反対意見もあるとは思うけど)だしなんだかんだ言ってもやはりお金は絶対必要なものだもんなぁ

米露冷戦時代
お互いの人工衛星の攻撃仄めかして牽制、対立する関係から着想を得た(ように映画ではなってたし、ここで南北分断の話もまた出る)衛星を使った多国間同時中継テレビ番組の放送を考え出す
アメリカ時間1月1日に放送が決まり、韓国では深夜2時スタートあとはドイツとフランス
実際の放送はタイムラグもあり収集がつかなくなってめちゃくちゃで大失敗だったとテレビ側の人は言ってたけど、
世界同時放送事故を見ているいろんな国のお茶の間だったり、皆んなで集まっててなんだあれー?って笑ったりする大人や子供達の表情は平和で呑気で
パイクはこの放送について、各国の視聴者数(何十万人、何百万人と見ていた。この中に日本もある???)を発表して、さらに「挑戦する事が大事なんだ」と失敗では無いとアピールしていたようだったけど
今こうして見ると"24時間TV愛は地球を救う"の先駆けじゃん!
すごい事じゃん!と私は思い1人胸を熱くしていた
(衛星を使った多国間を繋ぐパフォーマンスは何回か行われていて映画の中では時期の違うこれらが少しごっちゃになっているみたいだった)

ん十年振りに韓国へ帰る前
友達アーティストにパイクが電話番号を渡して「もし10日間(2週間だっけ?)連絡がなかったらこの電話番号にかけて」
友達「かけてどうすればいいんだ?」
パイクさん「とにかくかけて」
(この時の友人談)
両親の葬儀にも出席していなくて(その他にも政治的な理由があるそうだけど)韓国に行く事が余程不安だったらしい。行ってみたら大大大歓迎であちこちでワーキャーされてる。お墓参りする映像も挟まれる

巨大インスタレーション
エレクトロニック・スーパー・ハイウェイ
多多益善
人工的に滝を作り緑のレーザーをジグザグに当てた作品

車いすで道端に居たらファンだという若者に声をかけられて服にサインした後「大丈夫?」「まあ…糖尿病なんだ」という会話が切ない

「まだやりたい事が沢山あるよ
死は未来を想像できなくなる」
という言葉で締められた
ある意味、今回の特集上映『パフォーマンス・アート: 身体と空間をめぐる映画祭 』の中で、最も興奮したかも知れない。

それは今までの個人的なNY前衛アートに対するイメージとはちょっと違ったという部分が大きい。良い意味で。

そもそも、フルクサス周辺もそうなのだけれど、自分にとっては中産階級… もっと言えば“良いとこのボンボン”が経済的〜時間的余裕のある中でこういったエキセントリックなアート表現ができていたのだと思っていた。(オノ・ヨーコさんは小野財閥の… って今更言うまでもないけれど)

このナム・ジュン・パイク氏も、出自はとんでもない富豪だったことが作中、語られる。
それが、彼はそこを飛び出して、むしろ極貧の中で数々のビデオ・インスタレーション作品を制作していたのだと知ってとても驚いた。
なにせ30数年、一度も故郷に帰っていなかったのだとか… 。

そして本作を観ているうちに、彼がなぜ故郷と断絶したのか?… が分かってくる。

アート表現に対するかなりラジカルな姿勢を内包していながら、彼自身が語る話しぶりはどこか飄々としているのも徐々に納得がいった。

パイク氏と日本のエンジニア・阿部修也氏が共同で開発したビデオ・シンセサイザーは、その後、プリンスや初期ヒップホップ・シーンのビデオクリップ制作にも用いられ、実は自分たちがいま現在たびたび触れる音楽業界のPV というものにも多大な影響を与えていたのだ。

ラスト、アマンダ・キム監督がマリーナ・アブラモヴィッチ氏からの提案で本作品のタイトルをチャンス・オペレーション(何種類かのクジの中から偶発的に決定する方法)で決めるシーンに、よく理由は分からないけどすこぶる感動してしまった… 。
だって、それで選び取られたのが『月は最古のTV 』なんだもの。
なんだか… パイク氏が人生を通して表現していた“偶然性”と“不完全性”の根源から永遠に続く未来までその一言で語っているようで… 。

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