
宮古島に伝わる「古謡」と「神歌」。これらの歌は厳しい暮らしや神への信仰などから生まれ、ひっそりと歌い継がれてきた。特に「神歌」は“御嶽”と呼ばれる神事で歌われ、古来から口伝されてきた。本作…
>>続きを読む14歳のカントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしていた。アイヌ文化に触れながら育ってきたカントだったが、一年前の父親の死をきっかけにアイヌの活動に参加…
>>続きを読む日本の〈差別〉を丸ごと見つめて学びほぐす いまだかつてないドキュメンタリー映画 かつて日本には穢多・非人などと呼ばれる賤民が存在した。1871年(明治4年)の「解放令」によって賤民身分が廃…
>>続きを読む戦後75年目の残留。生き別れた者が伝える、日本という国の今。「私を日本人と認めてほしい!」-フィリピン残留日本人 。「私は日本人。でも言葉がわからないの!」-中国残留孤児。太平洋戦争以前、…
>>続きを読むすでに日本の敗色濃厚だった1945年1月31日、一人の男が沖縄の地を踏んだ。戦中最後の沖縄県知事となった島田叡(しまだ・あきら)である。 沖縄戦を生き延びた住民とその遺族への取材を通じ、こ…
>>続きを読む米軍が上陸し、民間人を含む20万人余りが死亡した沖縄戦。1944年の晩夏、42名の「陸軍中野学校」出身者が沖縄に渡った。北部で展開されたゲリラ戦やスパイ戦などに動員されたのは、まだ10代半…
>>続きを読む時代が変わろうとも、台湾の海に、大地に向き合い、汗を流して生きてきた人々がいる。本作では「変 わりゆく台湾」を描いた前 2 作に呼応するかのように「変わらない台湾」の姿を尊敬の念を込めて描…
>>続きを読む(C)大宮映像製作所