こちらも試写にて拝見。ガイ・マディン監督の長編二作目。『ギムリ・ホスピタル』と合わせて間もなく公開予定の作品。

物語としては『ギムリ・ホスピタル』と重なる部分が多い。こちらも男の嫉妬を描いた作品。ただ、『ギムリ・ホスピタル』から進化してしっかりストーリーも分かるようになっている。

脚を負傷した兵がかつての恋人アイリスとそっくりの女性と出会い、彼女は記憶をなくしたアイリスではないかと疑う。しかしその女性には既に恋人がいて…

よくあるロマンスの図式に当てはめながら、ガイ・マディン独特の悪夢のようなビジュアルで包んだこれまた怪作。美術や衣装がとにかくスゴい。これも「とにかく観て！」としか言えない。

よくもまあこんな映画をつくろうと思えるものだ。いい意味で異常すぎる映画、そして監督。

ストーリーを語りつつビジュアルで殴りつけられるような作品でとても好き。個人的には『ギムリ・ホスピタル』より好きかな。この世界観、ビジュアルは唯一無二。日本でも話題になるべきだし世界的にももっと注目されるべき作家だと思うよ。大怪作。

いつの世もレトロとかアナクロ趣味に走る人は一定層いるものだけれど、やり切ればアートになりやり過ぎれば狂気と呼ばれる。今作がどちらに当たるか…はみなさまにお任せするとして。

サイレント映画強火担であるガイ・マディンさん監督、『ギムリ・ホスピタル』に続き今作でもパートトーキー映画（一部に後から音声を被せたもの）風の趣向にいっそうの磨きと拍車がかかっている。街や戦場の少し時空と虚実の歪んだようなセットや動く書き割りも、『カリガリ博士』とか『ファウスト』（ムルナウの）を思い出させるのに十分すぎる。

そのフェイク・ロストメディア感はアリ・アスターを経由してレオン＆コシーニャ（『オオカミの家』『ハイパーボリア人』）に通ずるものがある。
ロシア革命を時代背景にして、プロパガンダ映画的な演出が織り込まれているのもそれっぽい。なにせボリシェヴィキが野蛮で汚いゴブリンのような扱いなのだ。ただし、当事者性の高いレオン＆コシーニャに比べてこちらは純粋な悪ふざけに近いかもしれないけれど。

『ギムリ～』と同様、ストーリーはどこか古典神話的だ。
妻を亡くした失意の男の前に、その妻と瓜二つの女が現れる…という『めまい』ちっくな導入でもあるけれど、今作はその女もまた記憶喪失の夫と何度も新婚旅行を繰り返していたり、主人公も認知がバグりだしたり…とマチガイにマチガイが重なるややこしい事態となっていく。そんな間にも戦火の足音は待ってくれず、女子供も銃を持たされて…とカオスが進行。腸は出るし眼球は潰れる。

序盤にこれは《LOVE＝愛》についての物語であると示され、最も偉大な愛は「神に祈る魂に宿る愛」と定義される。
その無私な純粋愛がもたらす幸福は、終盤には「国家へ無心で尽くす幸せ」へとすり替えられもしつつ（上述したプロパガンダ的皮肉）、主人公が業深なループの果てに最終的に辿り着いた境地を指しているようでもある。しかし、それは正気と呼べるものを放棄して漸く手にしたものではなかっただろうか。

『アークエンジェル』＝大天使の名前を冠したこの街アルハンゲリスクに、いや地上のあらゆる戦や革命の場に、「正しい」聖なる祝福と愛はあったのだろうか。あったとすれば、それはこの映画同様に煮詰めた狂気の中にだけ見出し得たものかもしれない。

• #失われた癖を求めて

昔日本でも上映されたガイ・マディン監督の初期作品２本が再び上映された。この調子で他の作品が上映されることを祈る。本作は長編2作目にあたる。

第一次大戦直後のロシアのアルハンゲリスク（アークエンジェル）が舞台で、悪夢的な映像の中で奇妙なロマンスが描かれる。好きな作風だけど、相性が悪いのか凄く眠くなった。

主人公のジョンは戦争で片足を失い、恋人のアイリスも失った。カナダ人の彼はロシア革命を阻止する軍に参加するためアルハンゲリスクにやってきた。そこでアイリスそっくりの女性ヴェロンカに出会うが、彼女には別れたはずが記憶喪失になってしまった元夫フィルビンがいた。その三角関係に加え、町ぐるみの塹壕戦が始まり、カオスになっていくーー。

リマスターされているため大分鮮明になっているが、あえてぼかした撮影をするなど夢のような不鮮明さだ。また、トーキーの要素がありつつも、セリフが聞こえない箇所も混ぜたパートトーキーという表現方法を取っていて独特。手法だけでなく映像も、突然塹壕にウサギが現れたり、ジョンが出会った家族が死んだあとの幽霊が描かれたりと印象に残るシーンばかり。また、飛行機でホテルに向かうシーンや宝の地図を辿るシーンなど、同じ動きが何度も描かれ、どこまで見たのか、ループしているのか、うたた寝してしまったのか、混乱して迷宮から抜け出せなくなる感覚だった。

片足もそうだが、変なロマンス映画という骨子は「世界で一番悲しい音楽」と共通していた。次に見た「ギムリ・ホスピタル」にも当てはまり、作家性のひとつなのではないかと気づけた。