急に具合が悪くなるを配信している動画配信サービス

『急に具合が悪くなる』の
動画配信サービス情報をご紹介!視聴する方法はある?

急に具合が悪くなる

急に具合が悪くなるが配信されているサービス一覧

『急に具合が悪くなる』が配信されているサービスは見つかりませんでした。
代わりに『急に具合が悪くなる』を上映している映画館が見つかりました。
上映館
 - 178館
U-NEXTに入会して対象映画館のチケットをお得に入手する方法

U-NEXTに入会すると上映作品を映画館でお得に観れます。
TOHOシネマズ、イオンシネマ、109シネマズなど多くの映画館が対象になっています。

  • 無料トライアル登録特典
    31日間無料の初回登録で600ポイントがもらえます。
  • 映画チケット引き換えクーポン
    1枚1,500ポイントで映画チケットを発行できます。無料登録後に900ポイントを追加すれば、実質900円で映画を観ることができます。
  • 月額プラン会員特典
    次月以降は毎月1,200ポイントがもらえ、300ポイント追加で毎月1本映画を観ることができます。

急に具合が悪くなるが配信されていないサービス一覧

Prime Video
U-NEXT
DMM TV
FOD
TELASA
Lemino
ABEMA
Hulu
Netflix
WOWOWオンデマンド
アニメタイムズ
Roadstead
J:COM STREAM
TSUTAYA DISCAS
music.jp

急に具合が悪くなるの作品紹介

急に具合が悪くなるのあらすじ

パリ郊外の介護施設「⾃由の庭」の施設長であるマリー=ルー・フォンテーヌは⼊居者を⼈間らしくケアすることを理想としつつ、人手不足やスタッフの無理解などに悩まされている。そんな中、マリー=ルーは森崎真理という日本人の演出家に出会う。がん闘病中の真理が演出するのは、自閉スペクトラム症の孫・智樹と行動を共にする俳優・清宮吾朗の一人芝居。真理の描く演劇に勇気をもらったマリー=ルー。同じ名前の響きを持つ偶然に導かれて、二人の交流が始まる。しかし、あるとき真理は「急に具合が悪くなる」。真理の病の進行とともに、二人の関係は劇的に深まり、互いの魂を通わせ合うようになる⋯⋯。

急に具合が悪くなるの監督

濱口竜介

原題
公式サイト
https://www.bitters.co.jp/soudain/
製作年
2026年
製作国・地域
フランス日本ドイツベルギー
上映時間
196分
ジャンル
ドラマ
配給会社
ビターズ・エンド

『急に具合が悪くなる』に投稿された感想・評価

健一
4.3
「マイ・カー」で「ドライブ」していたら
「急に具合が悪くなる」。
それでも想う、この世に「悪は存在しない」
それこそが「偶然と想像」。

無理矢理 くっつけてみました😅

4年前。
「ドライブ・マイ・カー」が🇺🇸アカデミー賞の主要部門にノミネートされ世界中にその名を知らしめた濱口竜介監督の新作。
本作に主演したベルギー🇧🇪出身のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒さんが
第79回(2026年度)カンヌ国際映画祭にて二人揃って最優秀女優賞を受賞するという歴史的快挙を成す!
岡本多緒さんの女優賞受賞は日本人初の快挙‼️
「ウルヴァリン SAMURAI」に出てた あの子だよね!
すっかり立派な女優さんになって🥹
おめでとう御座います👏
今後の活躍にも期待したいですね!


さて本作 ⚠️ネタバレあり⚠️


『つまんなそうね。』
劇中で車椅子に乗った老婆がタバコを吸いながら主人公の女性に語りかける。😅

3時間16分。 観る前の体調管理は必須!

正直、あの「ドライブ・マイ・カー」も
私は肌に合わなかった。長くて。😮‍💨
その為「偶然と想像」「悪は存在しない」も
観てません。

本作を観る前は『大丈夫か?』と不安だらけでしたが・・・

すべて ひっくり返してくれました。
本当に素晴らしい作品でした👍🥹
「ドライブ・マイ・カー」と比べると
だいぶ 観やすい。😁

『それでも 私を 選んで ほしい。』
この重み。 この深さ。

フランス人のマリー=ルー と日本人の真理
ふたりのマリはほぼ初対面の間柄から1日足らずで深い信頼関係を築いていく。
『ホントに?』と疑う反面、なんか羨ましいやら。
『あなたは誰? どんな人?』
なんとも楽しそうな 探り合い。
介護施設で働くマリー=ルー。
何故か夜勤を共にする真理。
夕方→夜→深夜→明け方→早朝。
時間の重ね具合の美しさはさすが濱口竜介監督。

実は真理は末期のガンを患い、余命はわずか。
介護の仕事をしている傍ら、彼女をほっとくワケにはいかないマリー=ルー
このふたりの時間の過ごし方がいかにも人間的で美しく カンヌでふたり揃っての女優賞受賞も納得の 透き通った演技に脱帽。

そして 「急に具合が悪くなる」。

ふたりの関係は次のステップへ。
日本とフランスでの真理の介護生活が始まってしまう。

日の出を眺めるふたり。
マッサージをし合うふたり。
介護施設で 働く ふたり。
残された時間を濃密なものにしようと懸命に生きる。

命の輝きを感じずにはいられない🥹

「敵」の好演が記憶に新しい長塚京三さんがとてもいい
スパイスになっている。
フランス語、勉強したのかな? すごい!

介護施設。
人員不足、過剰労働、資金不足、賃金の安さ。
日本🇯🇵だけの問題じゃないんだね。😔

日本語とフランス語のコントラストが
何故か耳に心地良い作品。🥰

メルシー 僕ゥゥゥーー 😅



最後に 気になったこと。

真理 が マリー=ルー に言う

『タメ口(ぐち)でしゃべって!』 🇫🇷

フランス語にも タメ口 ってあるんだ😅


2026年 6月22日 12:30〜
TOHOシネマズ池袋screen 5
💺119席
客入り 半分くらい埋まってた。👏

12時半から観て 終わったのが16時!😱
やっば 長いね😅
何も食べずに観たのでお腹ペコペコ。
急いでラーメン屋に駆け込んで・・・🍜
週末の疲れも相まって帰宅後すぐに爆睡。
上映時間と同じく3時間16分くらい寝た😪
kuu
3.9
『急に具合が悪くなる』
製作年 2026年上映時間 196分。
映倫区分 G
製作国 フランス・日本・ドイツ・ベルギー合作

濱口竜介監督が往復書簡『急に具合が悪くなる』を原作に、パリを舞台に偶然出会った同じ名前の響きを持つ女性2人の交流と魂の邂逅を描いたドラマ。

この物語は、大きな話題になることもない不思議な巡り合わせから始まっている。
原作で最も白熱した、人生に起きる最悪な偶然(病など)をどう受け入れるか?という問い。
濱口竜介監督の手によりパリの介護施設で映像化された今作品では、マリー=ルーと真理という同じ響きの名前の偶然から関係が始まる。不条理な病の進行に対してただ絶望するのではなく、その運命を他者と共にどう生き抜くかという生の覚悟が全編を貫いています。
 
普段、小生はモノを形にする表現者として、自らの意思と技術で細部までコントロールし、独自の輪郭を積み重ねようと模索している。
だからこそ、物語におけるこうした理不尽な設定には、最初は冷めた視線を向けてしまうところがあった。
しかし、表現の源泉である自分自身の心身が、いかに不確実で、日々の小さな揺らぎによって生み出すモノの質を大きく左右される脆いものであるかを日々痛感している。
だからこそ、この不条理は決して他人事としては片付けられなくなる。
 
穿ったの視点に立てば、世界中のコミュニティが、病気や不幸という予測不可能な事態に直面した際、独自の物語、ナラティブを紡いで生き抜いてきた歴史がある。
例えば、ある部族では流行病を、悪霊の仕業って神話に置き換えることで、みんなで団結して不条理に耐える力を得てきた。
理不尽に意味を与えることで、人は前を向ける。
小生自身の人生においても、モノを形にする行為とは常に、移ろいやすい心身の不確実性と向き合い、不条理への意味づけを試みる闘いでもあります。
 
原作小説の往復書簡では、この不条理さがよりドライに綴られていたのに対し、映画では二人の名前に隠されたささやかな重なりを、最初から決まっていた美しい運命の糸のように心に根づかせていく。
ビルジニー・エフィラと岡本多緒が静かに魂を響かせ合う。
この196分という贅沢な繰り返しの中でその変化を体験させられたとき、小生の冷ややかな評価は、私的人生を問うために、これほどの長さが必要やっんたやという確信へと変わり始めた。
 
けれど、いくら心がシンクロしたとしても、決定的な距離は残る。
人間は他人の苦しみや死を代わりに背負うことはできない。
作中、ステージIVのがんを患う真理と、それを見つめるマリーの間には、埋められない孤独や言葉の壁が存在する、しかし、だからこそ他者を完全に理解することはできなくても、隣に伴走し続けることはできるという、深い倫理的な結びつきが描かれる。
 
哲学の世界、特に20世紀を代表するフランスの哲学者のひとりエマニュエル・レヴィナス(1905〜1995)の思想では、
他者とは、
『絶対に自分の思い通りにコントロールできない壁のような存在』とされる。
我々は、目の前の他者の痛みをそのまま自分の身体で感じることはできない。
自分の身体ではないという絶対的な限界があるからこそ、そこに分かった気にならないという真の敬意が生まれる。
哲学者のキルケゴールは、真の孤独を知る単独者だけが、本当の意味で他者と誠実に向き合えるのだと説いた。
作中の二人の姿は、まさにこの思想の生々しい体現にほかならない。
 
我々はどれほど深く愛し合っていても、最期はそれぞれ個別の肉体として、自分だけの固有の死や病の苦しみを、たった一人で引き受けなければならない。
映画はその冷徹な事実から目を背けない。
しかし、お互いに決して超えられない孤独の深淵を抱えていると正しく絶望し、その絶対的な『個』の孤独を認め合うからこそ、安易な同情を超えた、本当の意味での『伴走』が可能になる。
真理の孤独を自分のものとして横取りしないマリーの静かな佇まいは、他者を孤独から無理に救い出すことではなく、その孤独の傍らにただ居続けるという倫理的な関わりを小生に突きつけてくる。
 
すべてを簡単に分かってあげられないからこそ、小生は言葉や音を尽くし、あるいは相手の沈黙に深く耳を傾けようとする。
原作では二人の対話が知的な言葉の応酬として表現されていたが、映画ではあえてアドリブの音声が途切れたような、沈黙の間を多く残している。
その何も語られない空間にこそ、カンヌで絶賛された二人の女優の魂の直接的な対話が深く交わされているのを感じて胸が熱くなった。
 
そして、医師から、
『急に具合が悪くなるかもしれない』
と告げられた人間にとって、確実な未来は消失する。
映画は、いつ訪れるかわからないその時の緊張感を漂わせながらも、真理が舞台演出という表現に情熱を注ぐ姿を通して、見えない未来に怯えるのではなく、現在の生をどう輝かせるかという実存主義的なテーマを浮き彫りにする。
 
明日、自分の日常や、表現のための心身のコントロールが突然崩れてしまうかもしれない不確実性は、モノを形にすることを仕事とし、自らの生を問い続けるすべての人に共通する現実です。
サルトルなどの実存主義の哲学者たちが説いたように、人間はあらかじめ決められた未来の設計図を持たないからこそ、今この瞬間の行動によって、自らの命の価値を自由に創り出していくことができる。
例えば、明日、世界が滅びるとしても、今日リンゴの木を植えるという生き方。
 
原作での真理が、静かに自らの内面へと沈殿していくような終活を選んでいたのに対し、映画の真理は、あえて、その瞬間にしか存在し得ない、記録に残らない演劇という肉体的な表現へと熱量を爆発させる。
この濱口監督らしい能動的なアレンジは、小生の表現者としてのあり方を激しく揺さぶり、今この瞬間の命のあり方に強くピントを合わせ直してくれた。
 
最後に、この映画はマリーが直面する介護現場の効率主義を通して、社会のはみ出してしまう、弱さを排除せず、人間らしくケアし、ケアされることの尊厳を鋭く描写している。生産性ばかりを追求する社会のモノサシに慣れきっていた小生にとって、最初は社会批判のパートすらも綺麗事に見えていた。
けれど、老いることや、精度高くモノを形にできなくなる身体と付き合うことは、どれほどテクノロジーが進化しても、決して自動化も能率化もできない極めて人間的な領域なのやと。
 

あらすじ・キャスト
パリ郊外の介護施設「自由の庭」で施設長を務めるマリー=ルー・フォンテーヌは、入居者を人間らしくケアすることを理想としながらも、人手不足やスタッフの無理解に悩まされていた。そんな中、日本人の舞台演出家・森崎真理と出会ったマリー=ルーは、がん闘病中の彼女が描く演劇に勇気をもらう。同じ名前の響きを持つ偶然に導かれて交流を始める真理とマリー=ルーだったが、あるとき真理は急に具合が悪くなる。真理の病の進行とともに2人の関係は深まり、互いの魂を通わせ合うようになっていく。

「ベネデッタ」のビルジニー・エフィラがマリー=ルー、「ウルヴァリン:SAMURAI」などハリウッド映画にも出演する世界的ファッションモデルのTAOこと岡本多緒が真理を演じ、真理が演出する舞台の出演俳優・清宮吾朗役で「敵」の名優・長塚京三、吾朗の孫・窪寺智樹役で「見はらし世代」の注目若手俳優・黒崎煌代が共演。2026年・第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、ビルジニー・エフィラと岡本多緒がそろって女優賞を受賞。岡本は日本人で初のカンヌ国際映画祭女優賞受賞を果たした。
ぶみ
4.0
この魂の出会いが、世界を変える。

哲学者・宮野真生子と文化人類学者・磯野真穂の往復書簡『急に具合が悪くなる』を、濱口竜介監督、共同脚本、ヴィルジニー・エフィラ、岡本多緒主演により映像化したフランス、日本、ドイツ、ベルギー製作のドラマ。
フランス人の介護施設の施設長と、日本人の舞台演出家との交流を描く。
原作は未読。
主人公となる介護施設のディレクターであるマリー=ルー・フォンテーヌをエフィラ、舞台演出家の森崎真理を岡本、舞台俳優の清宮吾朗を長塚京三、清宮の孫の窪寺智樹を黒崎煌代が演じており、主要な登場人物はこの四人、
物語は、ありふれた街並みの景色、壁と思しきレンガ、タバコを吸う車いすの老婆と、その隣に座る女性が順番に映し出され、遠くから叫び声のようなものが聞こえたことから、女性が走り出すというシーンでスタート、街の遠景から、何かを隔てていることの象徴であるレンガ、そして二人の女性と、徐々にマクロからミクロに寄っていく演出により、一気に本作品の世界観に誘われることに。
その駆けつけた女性が、パリ郊外にある介護施設「自由の庭」施設長のマリー=ルーであり、次には「2025年6月6日」の文字が入るため、あたかも彼女の日記を見ているかのよう。
そして、旧施設長室を寮として貸し出すという提案を筆頭とした施設の改革の過渡期であること、また、人員不足や低賃金、昔からの悪しき文化が変わらないことを訴え、施設を辞めようとする職員が登場と、フランスも日本も、介護の現場の窮状は一緒であるのが示されることとなる。
以降、ケアを充実させようとするも、現場の反発をくらい仕事で悩むマリー=ルーが、ひょんなことから日本人の舞台演出家の森崎と出会い、名前が同じ「マリ」ということもあって意気投合、前述のように、時折日付が挿入されつつ、二人の交流を中心として展開、とにかく、情報量が半端ない台詞、相手が話し終わるのを待ってからもう一人が喋り出すという一見不自然かなと思わせる会話劇がメインとなるので、それだけで、濱口監督作品だなと感じられるところ。
そこに、森崎が演出する舞台俳優である長塚演じる吾郎に、その舞台に乱入してしまう重度の自閉症を患う孫の智樹が登場、劇中劇があったり、森崎の故郷である京都に舞台が移ったりと、思いのほか絵面に変化があり、飽きさせない工夫が随所に感じられる仕上がりとなっている。
正直、その劇中劇は意味不明な部分が多々あり、中盤にあるマリー=ルーと森崎の間で始まる資本主義の意見交換は、まるで経済学の講義を聞かされているかのようで、これは一体何を見せられてるんだと思ったものの、根っからの理系人間で、経済社会に疎い私としては新鮮であり、興味深く見る、いや聞くことができた次第。
加えて、最初日本語字幕が入っていたのに、突然なくなったのは何故かと思ったら、いつの間にか日本語の会話になっていたのでビックリしたのだが、いつ字幕がなくなるのか不安で、会話をしっかり聞こうと余計に耳をそばだてるようになり、内容が頭に入ってきたし、いつの間にやら、ちゃんとフランス語、日本語が混在する状況に慣れたのは、我ながら人間の順応性に感心したところ。
鉄道好きの視点からすると、特段説明はなくとも、日本が誇る高速鉄道である東海道新幹線を映し出すことで舞台が日本に移ったと一目でわかったこと、また、クルマ好きの視点からすると、よくタクシーが目的地に到着するシーンで、クルマが停車したと同時にドアが開き、乗客が降りてくるものがあるのだが、本来、停車、料金メーターを止める、支払、という作業があるはずなので、すぐ降りるのは常々違和感を感じていた中、本作品では、停車後、ワンテンポの間があってから降りてきたのは、リアリティがあって見逃せないポイント。
196分と、絶対的な尺は長いのだが、相対的に没入できた時間の割合が大切だと常々思っている私にとっては、ワンシーンたりとも無駄なカットはなく、説明臭く、ある意味考察の余地がないものもある中、含蓄が込められた台詞の応酬に終始魅了されることとなり、唯一無二ともいえる濱口監督の作風は相変わらず健在であったとともに、美しい明け方のマジックアワーの下、小鳥の囀りや蝉の鳴き声が遠くで聞こえる環境において、お湯を入れて2分30秒で食べるカップヌードルは絶品間違いなしであったのに加え、まさか先日リバイバル上映で観たジョエル・コーエン監督『ビッグ・リボウスキ』を彷彿とさせるシーンがあったのには、一人ニヤついた良作。

脱力して初めて、ほんのわずかな力にも気づける

『急に具合が悪くなる』に似ている作品

関連記事

【2026年】上半期映画満足度ランキングTOP10(レビュー数1万件以上)!NO.1は『急に具合が悪くなる』
【発表】初日満足度ランキング!1位は映画『急に具合が悪くなる』
【発表】映画『Michael/マイケル』6月公開の映画期待度ランキング1位獲得