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DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブの作品紹介

DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブのあらすじ

グレース(ジェニファー・ローレンス)は、夫ジャクソン(ロバート・パティンソン)と田舎町に移り、静かな新居での暮らしを始める。穏やかな風景に包まれたその場所は、彼女に安らぎをもたらすはずだった。しかし、出産をきっかけに執筆は滞り、重圧と深い孤独、そして断片的に訪れる幻覚が、日常を少しずつ歪めていく。やがて現実と幻想の境界は揺らぎ、彼女の心は音もなく崩れ落ちる。崩壊の果てにあるのは、愛か――それとも、狂気か。

DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブの監督

リン・ラムジー

原題
Die My Love
公式サイト
https://klockworx.com/diemylove
製作年
2025年
製作国・地域
アメリカイギリス
上映時間
118分
ジャンル
コメディスリラー
配給会社
クロックワークス

『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』に投稿された感想・評価

kuu
3.7
『DIE MY LOVE ダイ・マイ・ラブ』
原題または英題 Die My Love
製作年 2025年。上映時間 118分。
映倫区分 PG12。
製作国 アメリカ・イギリス合作

リン・ラムジー監督が、ジェニファー・ローレンスとロバート・パティンソンを主演に迎え、愛と狂気の狭間で揺れる夫婦の姿を描いた心理ドラマ。

ようこそ、世にも美しい地獄へ。
リン・ラムジー監督が仕掛けた『DIE MY LOVE ダイ・マイ・ラブ』は、のどかな田園風景を血と泥で塗りつぶし、人間の内奥に潜む最も獰猛で、かつ極上のポップさすら漂う歪みを炙り出した、極めて毒烈な狂気の恋愛映画でした。 
世間一般が抱きがちな産後鬱の痛ましい闘病記録みたいな先入観の枠組みを、監督自身がせせら笑いながら踏みつぶし。もっと普遍的で、もっと動物的な、実存の危機と云うホラーを描き出しています。

今作品の誕生背景には、悪魔的な巡り合わせがある。
原作者のアリアナ・ハーウィッツによる狂気に満ちた小説を最初に発見し、映画化の可能性を見出したのは、なんと巨匠マーティン・スコセッシ。
彼が主宰する不穏な読書会でこの本が取り上げられ、スコセッシから直接原作を手渡されたジェニファー・ローレンスが狂喜乱舞し、彼女自身の手でリン・ラムジーへと監督を打診したのがすべての始まりだそうです。
ラムジー監督はこの物語を、単なる病理のドキュメントではなく、限界まで加熱され、脳がとろけるような、めちゃくちゃで風変わりな愛の物語として再構築することを選んだ。
 
撮影現場の逸話もまた、この映画の持つ異常なエネルギーを物語っている。
ラムジー監督は徹底して言葉よりも視覚や身体性を重んじる冷徹な支配者であり、ある日、3〜4ページに及ぶ対話が用意されていた夫婦のプロポーズのシーンにおいて、突如セリフをすべて無くそうと云い放ったという。
そしてジェニファー・ローレンスとロバート・パティンソンに対し、草むらの上で猫のように這いつくばって動き回るよう指示した。
困惑しながらも監督の狂気に身を委ねた二人の身体表現は、言葉による説明を遥かに凌駕する、獣じみた関係性の真実をスクリーンに焼き付けることに成功している。
また、パティンソンが極度の緊張の中で挑んだ、泥臭くも滑稽なダンスシーンも、ハリウッドの美学を嘲笑うための重要なトリビアと云えるかな。
 
キャスト陣のアンサンブルは、この危うい世界観を完璧に支えていたし、主演のローレンスは、都会から夫の故郷であるモンタナの荒野へと移り住み、母という役割と表現者としての行き詰まりに圧殺されかける女性グレースを、制御されたヒステリーと野性味をもって演じていました。 
彼女の演技は、観客の同情を誘うような甘えを排除してたし、その徹底した孤独と苛立ちは、むしろ清々しいほどの攻撃性を帯びていました。
対するロバート・パティンソンは、善意と無関心の狭間で揺れる夫を、どこか不穏で、しかし極めて現実的なグラデーションで演じ分け、ラケイス・スタンフィールドやシシー・スペイセクといった実力派が、グレースを取り囲む奇妙で息苦しい世界の輪郭をさらに強固にしている。
 
視点を変えれば、今作品が描いているのは母性という綺麗事のルールが、人間本来のギラギラした本能を綺麗さっぱりチョン切ろうとした時に起きる、凄まじい拒絶反応のドラマでもあるし、云い過ぎかもしれないけど人間なんて、元をただせばただの獣。
普段はみんな、理性の檻の中にすべてをぶち壊したい凶暴な自分、つまりシャドウを閉じ込め、おすまし顔で社会生活を送っているに過ぎない。
ところが、逃げ場のない育児という限界だらけの日常に放り込まれたせいで、その檻の鍵がぶっ壊れてしまう。
いい母親という仮面を無理やり張り付けられ、自分という実存を消されそうになった彼女の中で、眠っていたドロドロの野獣が大脱走を果たす。
現実の世界をめちゃくちゃに侵食していくそのプロセスは、恐ろしくも、どこかスリリングで滑稽ですらありました。
 
彼女が突如としてガラスに自分の身体を叩きつけ、世界を焼き尽くしたいという衝動に駆られるのは、単なる精神の病気ではなく、社会のシステムに回収され、飼い慣らされていく自分を、死に物狂いで救い出そうとする悲痛な防衛本能の爆発なのかもしれないし、さらにこれを哲学的に解剖するなら、今作品はサルトルの云う、不実、つまり、社会から与えられた役割(妻や母)に自らを押し込め、あたかもそれしか生き方がないかのように思い込む自己欺瞞に対する、文字通りの自己破壊的な大反逆。
グレースにとって、モンタナの広大な自然は自由の象徴などではなく、むしろ自分を閉じ込める天井のない監獄にほかならないし、彼女は良き母、愛される妻という他者の眼差しで作られた窮屈な服を、自らの皮膚ごと引き剥がそうとしている。
 
リン・ラムジー監督が、伝統的な男好みの美しい視線を完全に排除し、1.33:1(横幅をバッサリ切り落とした、まるで逃げ場のない檻のようなほぼ正方形の画面サイズ)という正方形に近い、まるで行き止まりの家のような閉塞感のある画面の中に捉えたのは、美しく装飾された絶望ではなく、それは、人間らしさと呼んでいる理性のメッキがベリベリと剥がれ落ちた後に残る、生身の肉体のうごめきです。 
グレースという一人の女性が社会的に死を迎え、同時に一匹の飢えた獣として新生していく凄絶なドラマを、小生は最前線で目撃した。
今作品は、観る者の倫理観を心地よく揺さぶり、愛と狂気の境界線を綺麗に消し去ってくれる善きエンターテインメントでした。


あらすじ・キャスト
田舎町に移り住んだ作家のグレースは、夫ジャクソンとともに新たな生活を始める。穏やかな日々が続くはずだったが、出産をきっかけに彼女の生活は一変。執筆活動は滞り、育児による重圧と孤独、さらに断片的に訪れる幻覚が、日常を徐々に歪めていく。やがて現実と幻想の境界が揺らぎはじめ、グレースの精神は静かに、しかし確実に崩壊へと向かっていく。

主人公グレースを演じるのは、「世界にひとつのプレイブック」でアカデミー主演女優賞に輝いたジェニファー・ローレンス。本作ではプロデューサーも兼任し、出産後の女性が抱える孤独や不安を、自身の出産経験も生かした役作りで体現。夫ジャクソンには、「THE BATMAN ザ・バットマン」のロバート・パティンソンが扮した。原作はアリアナ・ハルウィッツによる小説「死んでよ、アモール」。プロデューサーとしてマーティン・スコセッシが名を連ねる。第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、第83回ゴールデングローブ賞ドラマ部門主演女優賞にもノミネートされた。
ぶみ
3.5
崩壊に、溺れる。

アリアナ・ハルウィッツが上梓した『死んでよ、アモール』を、リン・ラムジー監督、ジェニファー・ローレンス主演により映像化したアメリカ、イギリス製作のドラマ。
出産をキッカケに変わっていく夫婦の姿を描く。
原作は未読。
主人公となる作家のグレースをローレンス、夫のジャクソンをロバート・パティンソンが演じているほか、ラキース・スタンフィールド、シシー・スペイシク、ニック・ノルティらが登場。
物語は、ジャクソンの伯父が住んでいたとされる田舎町の家に入るグレースとジャクソンの姿でスタート、明確には語られないものの、その会話の中でジャクソンはミュージシャン、グレースは作家であろうことが推測され、ここが何気に長回しとなっているという静かなオープニングとなっている。
しかし、そんな静けさも束の間、突然大音量でハードロックが流れ出し、森の山火事が映し出された挙句、二人がそのまま部屋でイチャコラを始めるという振り幅の大きさに面食らうことに。
次には、二人の赤ちゃんが登場したことから、月日が流れたことがわかるのだが、幸せな夫婦の光景が見られるのかと思いきや、グレースは、庭の草の中を包丁を持って歩き回り、外には何故か馬が闊歩するというホラーかスリラーかのような不穏な空気感が漂い出したのにはビックリ。
以降、あまり物語らしい物語はなく、夫婦の日常の光景をグレース目線を中心として進行、グレースの妊娠中のシーンも回想として挿入されつつ、謎のバイク男が登場したり、はたまたグレースが銃を持って徘徊したり、壁を掻きむしったりと理解に苦しむ行動をとっていき、時系列はもとより、現実なのか夢なのか、それとも幻想なのか判別不明な展開に、地に足のつかない何ともいえないグラグラした感覚を覚えた次第。
何より、そんな不安定な状況に陥るグレースを、スタンダードサイズの狭い画角で表現していたのは上手いと感じたと同時に、ローレンスがまさに身体を張った演技で怪演していて、その潔い脱ぎっぷりも含め、目を奪われたところ。
クルマ好きの視点からすると、ジャクソンの愛車が、当時日本では日産・テラノレグラスとして90年代後半に売られていたインフィニティ・QX4であったのは懐かしかったのと同時に、終盤、譲ってもらったとされていたのが、トヨタのフルサイズピックアップトラックで、トランプ関税対策として先日日本でも導入が始まったタンドラであったのは見逃せないポイント。
二人の子を持つ身としては、妊娠中、また子育て中に妻に見えていた世界が、グレースほどの狂気の沙汰ではないにせよ、想像しても想像しきれないものであることを痛感し、その原題である『Die My Love』を直訳すると、「死ね、私の愛」となるので、そんなことを思っていなかっただろうなと祈るしかないとともに、万が一、邦画リメイクがあるとしたら、どこまで身体を張るかは別として、小松菜奈、菅田将暉夫妻をキャスティングしたい一作。

長生きして絶滅しよう。
背骨
3.5
クロックワークスからの招待にて試写
産後狂気的な行動が激しくなっていく妻と何も出来ず立ち尽くす夫

結婚という呪いの中で二人の関係を悪化させながら、上辺の理解や安易な着地を拒む破滅的な作品。それでいて全体の印象としては圧倒的に陰… なんとも言えない不思議な魅力がある

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