傑作。1983年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アラン・タネール長編八作目。今回はスイス人海洋整備士ポールが、航海中に立ち寄ったリスボンに留まって、何もしないままただリスボンの街を歩き回る映画。このある種の不条理さ、リタ・アゼヴェード・ゴメス『The Sound of the Shaking Earth』を思い出した。どっちもDPがアカシオ・デ・アルメイダだったということを後から知って感動している。不条理さというと、冒頭で秒針が逆向きに進む時計が登場しており、観客の時間が正方向に流れていくのに対して映画内の時間が負方向に流れることで同じ地点に留まっているのかなとも思わせる。それと同時に、リスボンの港町をフラフラする映画ということで、リサンドロ・アロンソ『リヴァプール』とジョアン・セーザル・モンテイロ『ラスト・ダイビング』も少々思い出した。全部本作品の後に製作されているので影響はあるんだろう。ポールは要所要所でフィルムカメラを取り出しては何気ない情景を撮影し、それをスイスにいる妻に送っている(彼が撮ったフィルムも挿入されており、作中で唯一彼の内面が感じられる貴重な瞬間となっている)。一方で、宿下のバーで働くローザとも親しくなり、彼曰く"同時に二人の女性を愛してしまった"状態として、こちらもずるずると時間が過ぎていく。実際に脚本はなく、ブルーノ・ガンツとテレサ・マドゥルガがそれぞれのキャラクターの人生そのものを即興で演じていたらしい。だからこそ、物語性をヌルリと躱して、彼の行動に深遠さすら感じさせるに至っている。