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折鶴お千
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『折鶴お千』に投稿された感想・評価

4.2
女をとことん痛めつける溝口美学。
嗚呼、泉鏡花よ、、そういう意味では「残菊物語」よりもよっぽど残酷なお話である。
作品は残っている溝口の作品の中でも古い作品。
不鮮明な映像、不鮮明な音質に惑わされてはいけない。
ラストの方では「カリガリ博士」等でも使用された幻想的特殊映像の挿入、時系列を巧みに入れ替えた、当時としては実に実験的とも言える映像に目を見張る。
しかし「折鶴お千」とは、見事なタイトル。
神々しいほどのお千が、魂を吹き込む折鶴が魔法をかけられたように飛び立つシーンは涙なしで観ることはできない。
今の時代観れば、女が聖母と化すには、ここまで「男」の犠牲にならなければいけないのだろうか?という「残菊物語」同様の憤りを感じずにはいられない。
が、山田五十鈴の魂をかけた演がその憤りすら吹き飛ばしてくれるのだ。
女を踏み台にして成功した男たちはこの時代にどれくらい数いたのだろうか?
と血の繋がらないを弟の如く宗吉に尽し、やがてとち狂っていったとしても結婚や家族との生活を望めるはずもなかったお千にとって、宗吉を支えるあの時間だけが温かくて幸せな時間だと願いたい。
戦後、この映像を見つけ出したマツダ映画社の松田氏の根性にも拍手です。
あたし泉鏡花は一冊も読んでなくて、溝口健二への警戒心をずっと持ってる。
女に執着してて、女を見下してて、そのうえで「女には敵わない」と結論してる男性芸術家というものは、好みの女を毎回最優先で描きたがり、その女の内面をやたら美化(または逆に悪女化)する傾向が強い。当時十七、八才だった山田五十鈴さんを「尽くして滅ぶ天女」に仕立て上げた本作に、あたしは警戒心をいっそう強められた。
“女性映画” ばっか作ったわりには溝口監督が女のココロもカラダもあんまり理解してなかったことは、本作のずーっと後の1950年の『雪夫人絵図』の何コレなヒロイン像が証明しちゃってる。

えっと、あたしの考えでは、、
女性は生物学的に、利他性を必ず持つ生き物。男性は、闘争場裡に常に身を置くように生まれついてる。
あたしたち女は本能のそういう良いところを伸ばして愛燦々的な生き死にを、そして男の人たちは本能を乗り越えて己を律して努力の継続によって大仕事とかを成し遂げる立派な生き死にを、めざさなきゃ、どっちもただの哀しい下等動物(のせいぜい延長)で終わる。
その意味で、本作の「尽くしぬくお姉ちゃん」は何ら責められるものじゃない。方向性としては正しすぎるぐらいだ。
“薄命だらうが団円だらうがあたしはかまわん。要は魂の真贋の問題じゃ。都合よすぎるんで御座いますよ”

映画としては優れてるものの。。

男にとってだけ好都合な世界観は、古今東西に溢れてる。
例えば東には儒教があるが、西のキリスト教(正確にはパウロがイエスの死後に勝手にプロデュースしたパウロ教)では「神聖不可侵な処女マリア」「男の肋骨から造られた従順でお人好しで頭悪いイヴ」「外典に登場する、アダムと対等に土くれから造られてアダムと喧嘩して闇に消え、男を誘惑する悪魔と化すリリート」等々、男性目線で伝承されてきた魔法的ベタキャラたちが幅をきかせてる。
史実的には、イエスの妻だったマグダラのマリアこそが最初期の最重要人物の一人だった。イエスの刑死後、悲嘆にくれてぐずぐずしてた弟子たちをマグダラのマリアがあくまでも一人の人間としてリーダーシップを発揮して「さあ、前を向いて進みなさい」と励まし導いたんだ。男も女もなく一つの現実存在として! ところが、ご都合主義の物語じゃないそんなリアルな人間像が記されたマリア書(マリアによる福音書)を、その後に現れたパウロとその末裔たちのローマの教会が焼き捨てた。マタイ書・マルコ書・ルカ書・ヨハネ書だけを福音書として選んだバチカンが、男性目線の世界観を二千年にわたって西洋にとどまらず全地球人に押しつけようとしてきた。結果は、理想世界にまだまだ遠い今日この頃だ。
人間のメスは、理解力・想像力の足りない人が考えるよりもはるかに生々しく清く濁りつつ薄汚く中庸を極端を平凡を特別を呼吸し揺れて動いてるんだ。天使にするな。


あ、映画のことを。
20:00ぐらいからの屋内シーン。左へパン (orドリー) して障子をそのまま撮り流して振りを止めて右へ男をフレームアウトさせ、長回しのまま右からフレームインさせた後ろ歩きの女にあたしらを静止で注視させ、そして左へパン。そこんとこに、並々ならぬ映画作りセンス(単なる構図や動作一つの決めじゃなく全計算が有機的に連なって、まるで “生命体としての大海”)を感じた。日本家屋内で特に凄味がわかりやすくなるのが溝口技だ。
ほか枚挙に暇ない。
女優映画とはいえ、主演男優(尽くされる側)の夏川大二郎さんもなかなか味よしだった。うなだれに次ぐうなだれで、さほど難しそうな演技はしてないが。ロウソクの刑のとこ、本物だろうね、面白。ロウが垂れて深刻に火傷してハゲになる話かと想ったのに違った。

あたしに褒められる筋合いもないだろうけど、溝口さんはものすごく実力がある。

おわり

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レビュー1000本祭りの1作目は泉鏡花原作、邦画を代表する巨匠、溝口健二監督のサイレント映画で「千」のつく『折鶴お千』にしました。
溝口監督のサイレント最後期の作品で、既にヒロインを容赦なくいじめ試練を与えています。もうやめてあげてと言いたくなるほどの不運と不幸のオンパレード。
ヒロインは18歳の山田五十鈴。白い肌が深い闇でひときわ輝き、身体は売っても心は清い有り様を表していました。

お千が折鶴を飛ばすシーンは哀しみと慈愛に満ちていました。可愛がっていた弟のような宗吉に、これ以上あげられるものがなくなった時に、私の真心をと宗吉に向けて飛ばすものです。

宗吉は初志を貫き医師となり、時は流れ、駅のプラットホームで遅延している汽車を待つ一時の間に、思い出の神社が見えて、かつての哀しい思い出がよみがえってきます。

都会の人びとの冷たさ薄情さ、弱い立場へのしわ寄せ、一度堕ちたら這い上がれない不条理な世の中、女性が一身に背負わらされる苦労、男の狡さを詰め込んだ作品です。

溝口監督のプロフィールを多少は知っていたのですが、改めて確認したところ、映画の中で何度も出てくる神田明神は溝口監督が幼少期を過ごした町の神社。父の事業の失敗で、母は苦労の末に病死。姉は口べらしで養女として出され、半玉から十代で妾となり、一家を支えます。

溝口作品の中の逆境に生きる女性たち(観たのは7作品)は社会の底辺にいてもどこか強かで、そういう状況に陥ったのは愚かさもあるからだと監督が突き放しているようにも感じられるのですが、本作品でのヒロインの描き方はそれとは違って、清く哀れで弱い存在で、一歩ヒロインに寄り添おうとしています。

自身の生い立ちを反映させた作品だったのかと思ったら、台詞(サイレントの字幕ですが)で、山田五十鈴が男性を獣と呼び、宗吉もまた獣に見えているシーンは、姉に対して無力だったことへの懺悔にもみえました。

サイレントからトーキーへの移行期なので、音楽とナレーションによる台詞が入っています。近年入れた音のようで、映像の奥深さを妨げると思い、途中からミュートにしました。音無だと溝口監督の映像の鋭さをより堪能できます。

哀しみに包まれた美しい作品でした。

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