ひでやん

カルメンという名の女のひでやんのレビュー・感想・評価

カルメンという名の女(1983年製作の映画)
4.2
『ゴダールのカルメン』というタイトルの方がしっくりくる。

政治に傾倒していた時代を通過し、80年代に入ったゴダールは著作権が切れたオペラ『カルメン』を換骨奪胎。男と女の駆け引きを描いた今作は、原点回帰ともいえるラブストーリーだった。

カルメン役に予定されていたイザベル・アジャーニの降板によって大抜擢されたオランダの新星マルーシュカ・デートメルスの魅力に惹き付けられた。男を狂わし、追えば逃げるようなファム・ファタールの魅力と、大胆なヌードを披露した裸体が美しい。そして、楽団員クレールを演じたミリアム・ルーセルも美しく、カルメンとクレールは犯罪的な魅力と清純な魅力という対照的な2人だった。

強盗犯と警備員に芽生えた愛。伯父のゴダールに借りた空き家を隠れ家に、逃亡を図る2人を描きつつ、ベートーヴェンの「弦楽四重奏曲」と波の映像によるソニマージュが効果的に活かされている。「音」と「映像」をぶつけて融合させたかと思えば、カルメンの声を消して波の音を入れたり、楽団員が奏でる音を消して声を入れたり、ぶつ切りしたり。その音と映像の戯れが2人の愛を盛り上げていた。そしてテレビの砂嵐を撫でる手で、唐突に切り替わるトム・ウェイツ。その歌に違和感を覚えたが、結局印象的なシーンとして頭に残った。

赤。カルメンが着るジャケット、シャツ、パンツに靴下までが赤。映画の撮影にかこつけた強盗をカルメンは「デリンジャーを真似た案」だと言う。そこで頭に浮かんだのが「赤いドレス事件」。ジョン・デリンジャーをFBIに売った赤いドレスの女から「裏切り」というイメージをカルメンに持った。そして、カルメンの赤いパンツをずり下ろす時、ジョゼフが着ているのは赤のタンクトップ。カルメン色に染まると同時に、今度はジョゼフに「裏切り」のイメージがつく。

「ゴッホは黄色を探した。太陽が消えたら探すべき」というゴダール。この台詞がたまらなく好きだ。ジョゼフが消えた「赤」を探し、見つけた赤がホテルのボーイで「お前じゃねえ」と言わんばかりに壁にボーイを押すシーンは思わず笑った。前半は満ち潮の愛、後半は引き潮の愛。熱して冷めちゃうカルメンの愛は、寄せては返す波のようだった。
ひでやん

ひでやん