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鉄路の男
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『鉄路の男』に投稿された感想・評価

継
5.0
夜の闇を走る蒸気機関車
信号灯は「進め」を示すが
何かに気付いた機関士助手が “止めろ!” と絶叫する
急ブレーキ, 慌てて駆け寄る線路脇に
倒れて動かない,見覚えのある姿
それは, 年老いた元機関士オジェホフスキだった ー.

タイプライターを叩く “カタッ, カタッ” という打鍵音に合わせてロゴが活字される,オープニングが印象的な映画プロダクション=KADRの第2回作品(1957年ポーランド製/モノクロ)。

オジェホフスキの死をめぐり開かれる事故調査委員会。
召喚されたのは①生前,故人を解雇した年下の上司トゥシュカ ②故人を轢き殺した助手ザポラ ③故人と最後に言葉を交わした信号灯担当の保線員サワタ, の3人。
主観が入り交じる各々の供述は時に偏見に満ち, 食い違い, 信憑性は疑わしい。
紛糾する委員会, 果たして事件の真相を導き出す事は出来るのか?!

因みにKADR第1回作品は前にレビューした『影』ですが,
両作は周辺人物による複数の供述・回想を手掛かりに死者の姿を炙(あぶ)り出さんとするプロットが似ていて, これは『羅生門('50)』や『市民ケーン('41)』の手法を応用したものと言えそうですが, 圧政下でその意に反した作品を映画化するには中々都合の良い手段なようです。

🇵🇱🚂🛤️🇵🇱

周りの空気なんか読まない, 意味なく群れるより意義ある孤立をー.
昔気質(かたぎ)とか頑固とか流儀とか.., 兎に角そんな言葉にもれなくハッシュタグ付いて変換されそうな鉄路の男,オジェホフスキ。
でもそれらは全て仕事の為, 乗客の安全の為。神経痛は悩みの種だけど, 部下に弱みを見せるわけにはいかない😤!

ーそれに反して,
仕事を離れた休日にデート中の部下とバッタリ出くわして見せる穏やかな笑顔!
機関室では決して見せない一面。こうしたひと息つけるエピソードをタイミング良く挟まれると, 人物造形の幅が一層広がって見えます(^^)
ーそれだけに,
突如解雇されたオジェホフスキが肩を落として去ってゆく後ろ姿は悲しい。。苦楽を共にした機関車から離れ, 線路上を遠ざかってゆくその心境を代弁するように泣く汽笛…。


本作の脚本は最初にスタヴィンスキ(ワイダ『地下水道』も彼)が単独で書いたものの,脚本審査委員会が「我がポーランドの鉄道員が轢死する事などあり得ないっqಠ益ಠ/!」と映画化を許可しなかった(解説リーフレットより)そうだけど,
この硬直した検閲ひとつを取っても “社会主義リアリズム” が芸術を体制下に抑え付ける道具に成り下がった事を表すようです。

古参のオジェホフスキは資本主義時代の生き残りで, 彼より年下のトゥシュカは時代の潮流となった共産主義の象徴。
石炭の浪費は資本主義を揶揄するものだろうけど, 無駄な修理が多いと批判しながら保守点検が杜撰(ずさん)だったり「節約, 効率化」と称して石炭の質を下げてまで表向きの業績を上げようとする後者へも作り手は何か言いたげな視線を送ります。
この辺り,よく検閲通ったなと思うけれど, 案外検閲自体が緩んだボルトのようなものだったのかもしれません。。

ボツになった脚本を気に入ったムンクが共同執筆を申し入れ, 検閲をクリアすべく, 尚且つそれを逆手に取って皮肉るべく改稿したストーリーです。
3人の供述を用意して, 観客が自分なりの結論を引き出せるよう幕切れをボカし,事故の責任が鉄道会社に無い事を示し(コレ大事),
検閲の眼鏡に適う委員長の推論=脱線の危険を身を挺して防いだ勤勉な労働者の英雄的行為,を最後に提示する事で晴れて映画化の日の目を見たようですが,
見方を変えると,資本主義の残滓として体制側に盾突いていたオジェホフスキを英雄に祭り上げるという矛盾を, 作り手が暗に孕(はら)ませている事に気付きます。

『羅生門』の杣(そま)売りの告白を委員長の推論と位置付ける事も出来るでしょうが, 推論を実証する事なく幕は閉じ, 真相は依然 “藪の中” 。
表向き体裁さえ繕えばそれで良しとする,体制の事なかれ主義を皮肉る改稿の狙いが,そこかしこに垣間見えるよう。
最後にトゥシュカが吐き捨てる深い深い台詞, 胸に沁みました。。
菩薩
4.4
無骨で反骨、頑固で強情、一言で言えば「自分、不器用ですから」の高倉健タイプで時代に取り残された一人の誇り高き機関士、いや鉄道員(と書いてぽっぽやと読んでほしい)、どんな世界であれ時代の変わり目にはいつもこの様な男の影があるのだろう。「俺の若い頃は」なんてフレーズは部下のモチベーション下げるランキング1位の戯言な訳で多用は避けるべきだけど、それでも彼には40年に渡りお客様の安心と安全を守り抜いて来た自信と自負と歴史があるわけで、40年生きてられっかすら分からない自分としては素直に尊敬の念が絶えない。そんな彼がある日電車にはねられて死んだ、何故だ、腹いせか、単なる自殺か、それともテリーマンのマネしようとして失敗したのか(分かる人だけ分かれば良い)、彼の死の真相とその人となりについて語り合う関係者達、そして導き出されるある一つの「仮定」に、おそらくあの場に詰めかけた多くの映画ファンが「ジジイ!!!!」と心の中で喝采を挙げた事であろう。仕事中は強権的に部下を支配するジジイも、プライベートでは柔和な笑みわ零す好々爺、おそらく奥さんはそのギャップに萌えてヤラれたのだと思われる。正直言うとギリギリで避けりゃええやんと思わなくも無いが、仕事が全てだった男がそれを失い、そして最後に見せるプライドとしてはそれではやっぱり格好がつかない!ジジイ、素敵やん!と言うかとにかくただそれだけでも機関車が絵になるし車輪と汽笛が音になる、そしてあのラストシーンは明日からそこかしこの社内会議中にマネされる事になると思う、紛う事なき傑作だった。
リヴェットとベッケルはサボったんでひさびさの新文芸坐シネマテーク。

どんなジャンルの作品でも当てはまると思うが、様々な要素があるべき箇所にピタリと的確にバランス良く収まっていると、あまりに自然に見えるがゆえに往々にしてその凄さを見逃しがちになったりするものだろう。この『鉄路の男』なんぞはそんな感じ、さりげなく、的確に、静かに凄い作品だと思います。

冒頭、線路上に固定したカメラの上を汽車が通り過ぎるタイトルバックでのショットから実に良くて軽く胸騒ぎがするが(よく見ると同じカットを繰り返しループしている。こんなに長い車両編成があるか? なんて最初は思ったが)、人物の対話に際しての顔を捉えた固定ショットの的確さとー最近ゆらゆら揺れる船酔いみたいな疑似ドキュメンタリー的カメラの映画ばかり観ていたので、的確な場所にカメラを置くことによる揺るぎない固定ショットの連鎖/モンタージュの良さに乾きが癒される思いでございましたー、最後の方にだけ真正面からのクローズアップの連鎖が出て来ることも、この「オジェホフスキに関して証言する3人目」に対する所長の疑念を表して余りあるが、このように人物の表情を余さず捉える視点/技法があるがゆえに、余計に生きてくるのが駅のホームにたむろする人々を舐めるように緩やかな移動ショットで捉える対照的なシーンであったり、あるいは黒澤明の『羅生門』よろしく死んだ頑固爺のオジェホフスキと関わった同僚がそれぞれの立場から事件を回想する構成において、オジェホフスキという対象の見え方が観客に微妙に異なって印象付けられ、それ故にこの事件の真相は一体どうなっているのか、というサスペンスが呼び起こされたり、と、スペシャルな飛び道具を使うでもなく、ハッタリかまして異質かつ目立つシーンを挟むでもなく、いわばシンプルっちゃシンプルな語りの構成でこのようなサスペンスが生起するのがエグい。こういう濃縮的なうま味のある作品はやはり古典を観る(もう「古典」だろう)醍醐味かと。いや、最近クラシック作品観てないんすよね。

んで、結局オジェホフスキは「実はめっちゃいい爺さん」ってことでオチが付いたようにも見えるけど、あくまで会議の中で1人の鉄道員が「私はこう考えたのだが」と言ってフラッシュバックでその決定的なシーンが登場した訳だが、実際そうだ、というようには描かれていない。またこの辺りのボカシ方も上手いよねえ。まあ途中でこの爺の強面に潜むいいヤツ的描写はいくつかありはしたんですが(公園のシーンでの握手を求める屈託ない笑顔はまじで同じ爺かよ、と思わせられますよね)。

確か筒井武文がポーランドの監督では結局スコリモフスキとムンクにとどめを刺す、とか書いてましたが、なんか分かる気はします。

『鉄路の男』に似ている作品

新選組血風録 近藤勇

製作国:

上映時間:

94分

配給:

  • 東映
3.2

あらすじ

元治元年6月、新選組は倒幕派志士が結集する池田屋に斬り込みをかける。蛤御門の変の後、幕府に長州征伐の命が下るが、将軍・徳川家茂は上洛の気配を見せず、京の町には不穏な空気が流れていた。近藤勇…

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