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『ヌーヴェルヴァーグ』に投稿された感想・評価

(あらすじはfilmarksを見てください。)

年に一本だけ必ず劇場で🇫🇷フランス映画を観るようにしている。

オサレだがよう分からん難しかった映画。

🇫🇷ジャン=リュック・ゴダール監督が28歳の時に撮った映画「勝手にしやがれ」(1960)誕生の🎬舞台裏を描く白黒映画。

ヌーヴェルバーグとは1960年前後頃に起こったフランスの革新的な映画運動のこと。

(一言感想)
女優ジーン・セバーグを演じるゾーイ・ドゥイッチがとてもキュートで惹きつけられた。

俳優ジャン=ポール・ベルモンドを演じるオーブリー・デュランも愛嬌がある可愛さ。

ゴダール監督を俯瞰的に見せられて、芸術の天才と変人は紙一重だと気づいた。

ただモノクロでちょっと雰囲気いいでしょー感、オシャレでしょ感は感じられた。

タバコ🚬の量が半端ないフランス人スタッフ達。
入場者特典の🚬マッチ箱が最高にクールだった。
kuu
3.8
『ヌーヴェルヴァーグ』
原題または英題 Nouvelle Vague
製作年 2025年製作(2026年公開)。上映時間 105分。
映倫区分 G 製作国 フランス

リチャード・リンクレイター監督が、1950年代後半のフランスで起きた革新的な映画運動・ヌーベルバーグを代表する作品として知られるジャン=リュック・ゴダール監督作「勝手にしやがれ」製作の舞台裏を映画化。映画史に革命を起こした若者たちの姿を、フランス映画界を代表する映画作家たちとの活気ある交流とともに描き出す。

1959年という、映画の神様たちがまだ、ただの青い野良犬やった奇跡の夏。
その熱を21世紀の時間の調律師リチャード・リンクレイターが、極上のフィクションとしてスクリーンの内に幽閉した。
映画『ヌーヴェルヴァーグ』(2025年に産み落とされた)は、単なるノスタルジーの標本箱ではない。
 
今作品は、若きジャン=リュック・ゴダールが世界の網膜に消えない傷跡を残すこととなる『勝手にしやがれ』をゲリラ撮影していた20日間の狂騒を、ドキュメンタリーの生々しさと青春の速度で疾走させる。
それは映画という名の、最も純粋で、最も不穏な恋文として、小生の胸に深く突き刺さる。
 
この映画の最初の歪みであり美しいトリビアは、アメリカ人であるリンクレイターが、全編フランス語という異郷の言語を選んだ点にある。
聖域に侵入した異邦人が、その持ち味である流動する時間への愛着をナイフのように研ぎ澄まし、かつてのヌーヴェルヴァーグの不敵な魂と共鳴していく。
 
キャスティングの妙も、画面に予測不能な火花を散らす。 
ゴダールを演じたギョーム・マルベックは、本業の役者ではなく、視線を切り取る写真家でありモデル。
演技の手垢を拒むノンプロの起用という選択。
それ自体が、当時のゴダールが仕掛けたハッキングの再現、オマージュに他ならない。
サングラスの奥で傲慢と孤独を飼い慣らすマルベックは、神格化される前のめんどくさい天才の胎動を体現する。
 
対して、ハリウッドという光の国からの亡命者、ジーン・セバーグを演じたゾーイ・ドゥイッチの、今にも壊れそうな純美。
そして、若きジャン=ポール・ベルモンド役のオーブリー・デュランが放つ、粗野で、しかしどないしようもなく愛おしいステップは、静止した映画史に不規則な心拍数を刻みつけていく。
 
背景を穿つなら、この映画は、孤高の天才のポートレートではなく、それは、剥き出しの個というレイヤーが激しく衝突する、危険な精神のシェアハウス。
『カイエ・デュ・シネマ』の暗がりから飛び出してきたトリュフォーやシャブロルたちが、互いに嫉妬の毒を盛り合い、煽り合いながら、それでも一本の光の束、フィルムのために命を削り合う。
 
当時の現場にあったのは、システムへの裏切りだけ。
数枚のメモ書きを脚本と呼び、ゴダールはその日の朝のカフェの空気でセリフを産み落とす。
車椅子に重たいカメラを載せて街を疾走し、既存の文法をズタズタに切り裂く。

ここで、今作品の骨格である『ヌーヴェルヴァーグアート』を素描したいです。
1950年代末、彼らが起こした津波とは、映画をスタジオの巨大な資本から誘拐し、個人の密やかなノートへと変えた革命やった。
それまでの映画が、完璧な照明と淀みのない物語という美しい嘘を正義としていたのに対し、彼らが突きつけた美学的テーゼは残酷です。
不完全さの中にしか、リアルな現代、いま、は宿らない。
 
作中で炸裂するジャンプカットは、時間や空間を滑らかに繋ぐことを拒絶し、あえてフィルムを乱暴に切断する。
それは予算の欠乏がもたらした偶然ではなく、我々の記憶や意識が本来持っているはずの断片的なリアリティをスクリーンに定着させるための、極めて自覚的な芸術的テロルに違いない。
 
それは同時に、光と影を用いた深い映画哲学の探求でもある。
ゴダールはかつて、映画とは1秒に24回の真実であると云い放ったが、今作が活写するのは、まさにその真実を捕獲するための肉弾戦。
虚構のストーリーを運ぶだけの奴隷やったカメラは、彼らの手によって、目の前を通り過ぎる生の断片をすくい上げる哲学的なスキャナーへと転生する。
あらかじめ約束された結末へと調教されるのではなく、カメラが回るその刹那に世界と対峙し、決定不可能な未来と対話する。
その即興性こそが、映画というメディアが持つ独自の存在論、オントロジーなんやと、銀幕は雄弁に密語してくる。
 
リンクレイターは、彼らが映画というナイフで、既存の権威(システム)をハッキングしていく瞬間を、デジタルとAIが飽和した2025年の荒野から見つめ直す。
すべての映像が自動補正され、アルゴリズムによって飼い慣らされた現代において、彼らが手探りで生み出したノイズや計算不可能なエラーは、むしろ強烈な人間性の証明として、青白い閃光を放つ。
 
スクリーンの中で、若者たちは絶えず動き、喋り、カメラを睨みつける。
そこにあるのは、記号化された歴史の死体ではなく、明日どうなるかも分からない人間の生々しい呼吸、そのものでした。
映画を観終えたとき、小生気づかされる。
ヌーヴェルヴァーグとは、過去のクラシックな芸術運動の名前などではなく、今この瞬間に、世界の不条理に対して、何か新しいものを創り出したいと身悶えする全ての表現者の皮膚の下に、いつでも沸き起こる普遍的な衝動、ウェーヴなんやということに。

1959年、フランス。映画批評誌「カイエ・デュ・シネマ」で執筆活動をしていた28歳のジャン=リュック・ゴダールは、フランスの若手俳優ジャン=ポール・ベルモンドとアメリカの人気女優ジーン・セバーグを主演に迎えた長編監督デビュー作「勝手にしやがれ」の制作を開始する。ゴダールの斬新で自由奔放な撮影手法に周囲は振り回されるが、映画づくりへの情熱を共有した撮影現場は活気に満ちていく。

「勝手にしやがれ」のスタイルにならい、アカデミー比率(1:1.37)の白黒映像、全編ほぼフランス語で、キャストもジーン・セバーグ役のゾーイ・ドゥイッチ以外はほぼ無名の俳優陣で固めた。主人公ゴダール役には、写真家やモデルとして活動していたギョーム・マルベックを起用。2025年・第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。
ぶみ
3.0
息切れするほど、自由に。

リチャード・リンクレイター監督、ギヨーム・マルベック主演によるフランス製作のドラマ。
1950年代後半のフランスで起きた革新的な映画運動・ヌーヴェルヴァーグを代表する作品として知られるジャン=リュック・ゴダール監督『勝手にしやがれ』製作の舞台裏を描く。
『勝手にしやがれ』は鑑賞済み。
主人公となるジャン=リュック・ゴダールをマルベック、若手俳優のジャン=ポール・ベルモンドをオーブリー・デュラン、人気女優のジーン・セバーグをゾーイ・ドゥイッチが演じているほか、アドリアン・ルイヤール、アントワーヌ・ベッソン等が登場。
物語は、ゴダールやフランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロルと言った一度は名前を耳にしたことがあるメンバーが、キャプションで名を示されつつ映画を観ているシーンでスタート、その後、バーでボボことプロデューサーのジョルジュ・ド・ポールガールに映画を撮らせて欲しいと頼むゴダールが映し出されるため、彼のポジションが一目でわかるオープニングとなっている。
以降、当時、映画誌で執筆活動を行っていたゴダールが、低予算ではあるが、何とかプロデューサーから映画製作の承諾を得て撮影に挑む姿を中心として展開、20日間を一日ずつ描いていくので、撮影の進捗状況がテンポ良く理解できたのは良かったところ。
何より、初日は二時間で終了、アフレコ前提なので撮影中に指示を出し、即興でセリフを考え、挙げ句の果てに仮病で休むと、やりたい放題、自由奔放なゴダールの振る舞いは、まさに型破りの一言で、その結果、パトリシアとミシェルの逃避行を描いた『勝手にしやがれ』が、物語があってないような展開に仕上がっていたのも納得の一言。
クルマ好きの視点からすると、移動しながらの撮影に、キャンバストップで屋根が開くシトロエン・2CVがピッタリだったのは見逃せないポイント。
全編モノクロで、パリの街並みや衣装等の再現度も非常に高く、時折映像に入るリール交換の黒い点やノイズも効果的で、これが『勝手にしやがれ』の裏側を描いたドキュメンタリーだと言われても違和感のない仕上がりであったとともに、当時の映画撮影のお仕事ムービーとしても楽しめた一作。

失望は一時的だが、映画は永遠だ。

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