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The Piano Accident(英題)
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『The Piano Accident(英題)』に投稿された感想・評価

sonozy
3.5
カンタン・デュピュー監督の新作。
主人公は、生まれつき身体的痛みに無感覚(先天性無痛症)で、スマホをプレゼントされた16歳の時から自身を傷つけるショート動画を15年間投稿し続け成功したインフルエンサーのマガリ。

雪深い山のシャレーに引っ越してきたばかりのマガリは、ある事故(タイトルのThe Piano Accident/ピアノ事故)で片腕と首にギプス状態で、キャラクターとして付け続けている歯列矯正器具のせいで喋り方も独特。
長年秘書をしているオッサン、パトリックをこき使う、性格もこじらせちゃった感じのキャラ。

パトリック宛にシモーネという女性ジャーナリストから連絡が入り、これまで取材を受けたことがないマガリは嫌々ながらインタビューを受けることになる。

アクセス数がどんどん増え、熱狂的なファンもスポンサーも得て、若くして富を得たが、家族も疎遠、恋人もおらず、食事はヨーグルトばかりで、もはや何の理由もなく投稿を続けるマガリが、シモーネの取材を受けて・・・

いつもの不条理なヘンテコ狂気ワールドとかなり違うなぁと思って見てましたが、このマガリのようなインフルエンサー・コンテンツ消費状況は、現代社会の狂った現実そのものとも言えるので、今回はそれをそのまま捉えてみたのでしょうか。

笑えるシュールな要素が少ないので面白いとは言えませんが、エロス完全封印で、現代社会の異様さ・異常さを象徴するマガリを演じたアデル・エグザルコプロスが良かった。
reb
3.2
SNSに自分の体を張った過激な動画を配信する人気インフルエンサーのマガリは、ピアノを使った撮影の時に事故が起こり、アシスタントとアルプス山中の山荘でこっそり療養する。しかし、あるジャーナリストが連絡してきて‥。

不条理さとブラックさとゆるさで、何とも言えない笑いを届けてくれるカンタン•デュピュー監督の最新作。

マガリは無痛症なのかな?
子どもの時から、自分の体を使って“痛いこと実験“をあれこれしている。

首も腕もギプスで固めた痛々しい姿で登場するアデル•エグザルコプロス。
髪はショートで歯は矯正、性格も何やらおかしくてエキセントリック。
彼女の色っぽさは完全封印だが、デュピュー監督作品に出てくる時の彼女は、いつも実に楽しそう。

行き過ぎた、承認欲求インフルエンサーを批判しているのは分かるが、もうひとひねり欲しかったかも。
機内英語字幕で観たので、ホントはもっと面白かったのかも‥。
1.5
【カンタン・デュピューのメタギャグはインフルエンサー風刺へ】
カンタン・デュピュー新作が日本のMUBIに来たので観た。カンタン・デュピュー作品は演劇的メタ手法、ブニュエルへの固執によって構成されることが多く、あたりはずれが極端に分かれる。近年の演劇に偏った手法は正直苦手だったりする。最新作『The Piano Accident』は近年の兆候を引き継いだ作品である故、カンタン・デュピューの作家性から語ったほうが良さそうだ。

映画は、サイレント映画調に車が鳥と激突する場面から始まる。そして、30代のセレブであるマガリーは過激な動画でアテンションを獲得している。そんな彼女の過剰さと虚実を交えて描く。映画は歪な構成となっており、後半に入ってようやくタイトルが出てくる。映画におけるスペクタクルの過剰さとインフルエンサーの過剰さを冷笑気味に描いているのだ。

個人的には映画監督がインフルエンサーを冷笑するとき、冷笑が故に表層的な煽りになってしまっているといえる。これはMUBI関連だと『Magic Farm』のガンギマリ観光客像の薄っぺらさに通じるものがあり、あまり良い映画とは言えなかった。映画監督はもっとインフルエンサー論を詰めてほしい、映画が高尚なものだと胡座かきすぎである。実に不快だ。