マリナ・ヴラディが美しい。

【アンドレ・カイヤットの法廷三部作のひとつ】

（1954年・仏・139分・モノクロ）
監督：アンドレ・カイヤット
脚本：アンドレ・カイヤット/シャルル・スパーク

監督のアンドレ・カイヤットは、1938年までは弁護士として働いていたそうだ。映画監督となってからは、その弁護士時代の経験を活かした法廷ものや社会派映画を発表した。
本作は法廷三部作の一つで、『裁きは終りぬ（1950）』『われわれはみな暗殺者（1952）』そして本作となる。因みに『裁きは終りぬ』は鑑賞済みだった。また、『眼には眼を（1957）』も観たことがあり、意図せずして復讐される対象となってしまった医師の顛末が描かれていた。

1950年当時は、朝鮮戦争が始まり、第三次世界大戦勃発の不安や核戦争による地球破滅の危機が叫ばれていた。本作のタイトルの「洪水」は、それを表しているようだ。
そうした情勢の中で、本作に登場する若者たちが、親を捨ててでも南の島に逃げたいと願い、そのための資金を得るために実行した行為が死者を二人も出す結果となってしまった。裁判の場面から始まり、彼らの親や事件のあらましの説明に続いて判決までが描かれている。

裁かれるのは４人で、少年2人は17歳。もう1人の少年は17歳になったばかり。残る1人は16歳の少女。
彼らが計画したのは、ある邸宅に忍び込んで高価な切手を盗むことだったが、見張り役の少年が警邏（けいら）中の警官を銃で撃ってしまい、結果その警官は亡くなった。
計画の実行には参加しなかったが、車を貸してくれた少年がいた。少年たちは彼がユダヤ人というだけで、彼が自分たちを裏切って車を貸したことを警察に喋るのではないかと不安になり殺してしまった。

警官を撃ってしまった状況に関しては偶発的な事件と言えるけれども、ユダヤ人の友人をバスタブの中で殺した行為は（警察の尋問を想定したと言うが）、明らかに差別的で意図的でもあった。疑心暗鬼の心境もその友人がユダヤ人だったから起きたのであって、犯行の計画同様、杜撰で現実味のないものだった。
それに判決が出た後の親たちの表情や、本人たちの表情にも違和感を覚える。人を二人も殺した事実をどのように考えているのか。彼らが夢見た南の島行きと同様に軽く考えてはいないだろうか。
殺されたユダヤ人の彼が一番まともな考えの持ち主だったのに、残念でならない。

本作を観た人と語り合ってみたいのは、オーケストラの指揮者に逆らって投獄されたトランペット奏者の父について。この父は何もかもをユダヤ人のせいにしていた。次に女手一つで息子を育てて来たという母親のこと。彼の息子は臆病で警察官に発砲し、取り調べの刑事に脅されるとすべてを自供した。
裁判で無罪になった16歳の少女。教師の父の教えのとおりに育ったようだったが、友人が殺された後の偽装工作は、とても身勝手。裁判で自分のことも他の３人と同様に裁いて欲しいと訴えていたが、無罪になってホッとしている本人及び父親の様子に私は不信感を覚えた。もう一人、金持ちの息子がいたけれど、ならば他人ではなく自分の家から金目の物を持ち出すという考えは浮かばなかったのだろうか。たとえ、ヨットを提供したとしても。
物語としては面白かったけれど、誰一人として感情移入できない登場人物ばかりだった。

VHS