ルシアンの青春の作品情報・感想・評価・動画配信

『ルシアンの青春』に投稿された感想・評価

LACOMBE LUCIEN
このありふれた名前の青年。歴史の渦にたまたま飲み込まれただけの。。

「几帳面でいい人たちよ」とドイツ人を誉める対独協力者(コラボ)のリーダーの女。日々送られる無数の密告の手紙を開封している。彼は特高警察だったのよと自慢気。この欺瞞。自己正当化。幾重にも腐臭が漂うこの女性に目をかけられたことからルシアンはゲシュタポの手先となっていく。
 
図々しく礼儀知らずで最低限のマナーも知らない田舎の青年が権威につき従って、占領されたフランスという名の少女の家にズカズカと入り込んでいく。

レジスタンスを断られたからゲシュタポへ。彼にとってこれはなんでもなかった。これは最初にどこのサークルが声をかけてきたかによって大学生の4年間は決まるといういわゆる鍋パーティー問題だ。どこの党派か、どこの宗教組織かなどは偶然に過ぎない。

どこか投げやりで退廃した大人たちと過ごしているうちに、しだいに残忍な態度を平気でとるようになっていく。

ユダヤ人医師の家にウソをついて踏み込んで息子の帆船模型を目の前で破壊して見せる。また捕われた男の口をテープでふさぎ口紅でいたずらをしてみせる。この嗜虐心。バカはすぐ増長する。

だがかつてのように小動物に向けられていた嗜虐性とはうって変わり明らかに進化している。第一に人間に向いている。やっちゃいけないとされていたことへのためらいが、枷がなんとなく外されていく時代。これは権力欲とか性格とかでもなくまさに空気だ。

ファシズム醸成の背景だとか、スタンフォード実験とか知らなくてもこれは直感的に分かる。朱に交われば赤くなる。そういうものだ、人間は。
こうして虐殺差別扇動はいたってふつうの人々が担うことになる。ユダヤ人を強制収容所へ連行したのも、紅衛兵も クメールルージュも ルワンダもみんな名もなき常識ある人々がやったことだ。

時代の転換期にルサンチマンを抱えた人間は怖ろしい。一発逆転を狙ってくる。精紳の田舎者にだけはなりたくない。Manners make the man

フランスと祖母を連れて逃避行をともにする。田舎の廃屋で野性児のような生活に戻り、初めて快活な笑顔をみせた。フランスも時を忘れて楽しそうに笑っている。でも時折、得体の知れない不穏な感情がよぎる。ふと石を持ってルシアンの頭上にたたずむ。 

邦題にある青春とか若さ、未熟。あまり関係がないように思う。
人はいくつになってもふとした感情にとらわれるし、殺したいと思うことも憎いという気持ちが顔をもたげることもある。

ルサンチマンの語源は同じ感情をくりかえすこと。同じところをグルグルグルグル・・・・・・

お祖母さんが葉っぱの鈴虫を子供のような目で見つめていた。きっとルサンチマンから防ぐものは好奇心。そして礼節。オルン氏が教えてくれる。私たちは弱いのだ。だから毅然といられるようにマナーを尊ぶ。彼が仕立て屋であり狭いながらも品の良い住処に暮らしていたのもきっとそういうことだ。

雲が広がる空の下で草の上に寝転がる若者。恋した女の子と目一杯に時間を過ごした一日。その横顔に数週間後の運命が刻まれる。簡潔な判決文のようなテロップで幕。
ルシアンを演じたピエール・ブレーズは映画の2年後に事故で死去した。役柄どおりの一生。げに映画は怖ろしや。

我々はみなルシアンになりうる。オルン氏が言うように彼のことをとても憎み切れない。

脚本:パトリック・モディアノ
音楽:ジャンゴ・ラインハルト
ぽち

ぽちの感想・評価

3.3
解説などには「美しいユダヤ娘と会ったことで、本来の自分を取り戻し…」とか書いてあるが、私には全くそうはとれなかった。

全編を通して感じたこと、そして一番のテーマとして読み取れたことは「教養の無い人間の愚かさと、偶然により支配される人生」だ。
また今作では17歳の少年に愚行をさせることにより若者の愚かさも描いている。

根拠の無い権力と地位に酔い、居心地の良いゲシュタポの組織に入ったこと自体が、虐げられるものより虐げる側に回ろうとする弱い人間の性の現れで愚かな行為。

そしてここが評価の分かれるところだが、兵士を殺して少女と逃げたこと。
17歳の無教養な少年のとった行動。正義感?愛情?そこまでの言動を見る限りとてもそうとは取れない。

下品な言い方をすれば性欲と所有欲。そして未完成の自我から来た行動と見るのが正当だろう。
少女=自分または自分の物と言う、幼児が母親を自分と同一視する稚拙な自我の現れ。時計を取り戻すシーケンスはこれのメタファーとみることもできる。
衝動的な万引きのように、下半身脳のなせる業というのが正解だろう。


その後も仲睦まじく見えるが、少女にとっては逃げることのできない牢屋だったのではないだろうか。それが石のシーンに現れている。

長い逃避行のように感じるが、設定では病院勤めのオープニングからたった4ヶ月の話である。
もし彼がレジスタンスに加わっていたら、自転車がパンクしなければ、ゲシュタポ本部で捕まらなければ、全く違った人生を送っていただろう。

全体を俯瞰で見ると、マイナスのスパイラルに落ち込んだ少年の悲劇を描いていて、そこから脱出する唯一の手段が「知識」であることを描いている作品。

良くできた脚本だと思うが、では面白かったかと言うとこれは微妙。


余談。
おっと、実話とか、実在の人をモデルにした作品じゃないですよ~。
っていうか、時間をかけ練り上げた脚本だと思ったら、意外や意外、かなりいい加減に書き直したものだったと知り驚いた。

wikiによれば
「マルは小説家パトリック・モディアーノと共に脚本を書きました。当初、彼らはスクリプトにLe faucon (「ファルコン」) というタイトルを付け、現在のメキシコを舞台にするつもりでしたが、マルはメキシコ での撮影を許可されていなかったため、スクリプトを書き直して戦時中のフランスの設定にしました。タイトルはLe milicien ("The Milice Man") に変更されました。」

えー!!メキシコで撮影しちゃダメなの?
しょーがねーなー。フランスの戦時中にしちゃえ。

ってノリでしょ。
何が幸いするか分からないものだ。
第二次世界大戦後期のフランスで、対独協力者になった17歳の少年の話。

時は1944年、フランスの片田舎の町で病院の清掃夫として働いていたルシアンが休暇で実家に帰ると、母は大家の情婦になっており、実家は別の家族に貸し出されていた。
母親にもう帰ってくるなと言われるルシアン。
仕方なく、地元のレジスタンスに入ろうとするが、まだ若いという理由で断られる。
自転車もパンクし、元の町に帰る途中でドイツに協力しているフランス人秘密警察と知り合い、そこで親切にされ、ルシアンも秘密警察の仕事をする様になるのだった。

冒頭で、ルシアンに居場所がない様を丁寧に見せているので、彼が秘密警察に取り込まれていくのも、さもありなん、という感じだった。
ここら辺は、ちょっと前の日本でも、家庭に居場所のない子供達が暴力団に取り込まれていた様子とそっくりな感じがする(最近は半グレだが)。
古今東西、こういう法則っていうのは変わらないと思う。

そして、秘密警察の仕事を始めたルシアンは、あるユダヤ人家族と知り合う。
パリから逃げてきたその一家は、元高級仕立て屋だったらしく、貴族とも知り合いだし、娘の方もシャンパンの味や飲み方も心得ているお嬢様。
この娘に恋焦がれたルシアンは銃で脅したりして、恋心を伝える。

このユダヤ人の娘フランスは、パリから逃げてきたというのに、秘密警察の前で親からお金をもらったり、ルシアンの学の無さをバカにしたりと、お嬢様感が全然抜けていない子。
この二人が結ばれたのは、ルシアンの秘密警察の権威を恐れたというよりも、フランスがユダヤ人というだけで迫害される事に辟易していて、ただ自分の美しさに恋心を伝えてきたルシアンに、心を許したからの様に思えた。
でも、この二人、平時に知り合ったら、絶対にカップルにならないよね。
もし無事に終戦を迎えられたとしても、価値観の違いで絶対に別れてしまうと思う。

私が分からなかったのは、なぜ仕立て屋がわざわざあそこに行ったのか。
一応幹部も、知り合いだったから金ずるにはしていたけれど、居場所は隊に報告していなかった訳だから、仕立て屋が親としての怒りからだったとしても、直接ルシアンにも言えないのに、本部に行って何がしたかったのか?

この作品の舞台は、ルシアンが1944年6月に秘密警察に入って同年10月までの話なのだが、ノルマンディー上陸作戦があったのが同年6月。
パリ解放が同年8月で、家政婦までもがドイツはアメリカに負けると言い切っていたので、
何故この賢そうな仕立て屋さんが、あの時期にああいう行動を取ったのかが分からなかった。もうちょっと待てば良いだけだったのに…。

そして、ラスト近くで、寝ているルシアンの傍でフランスが石を掴んだまま立っていたのは、やはり父を助けられなかったルシアンを、心の底では許してないのでは…と感じられ、不穏な空気が醸し出されていたので、
もしかしたら、レジスタンスにフランスが売ってたりして。

エンディングロールのテロップでは、「裁判によって…」と書かれていたが、対独協力者は数万人がリンチによって殺されたそうだから、本当のところは分からないかも。
Riy

Riyの感想・評価

4.1
映像も至る所で素晴らしく、ルシアンが自転車で疾走するシーンが印象的でした。緑。
otomisan

otomisanの感想・評価

4.1
 青春の中にルシアンを片付けてしまうのはよくない。確かに投げ遣りとみえるほど、ヤクザを気取って若くして死ぬルシアンだが、若気の至るところが死だったと思うなら、この若いだけの虚無家を甘やかしすぎるだろう。
 反共崩れ、没落貴族、商売人、用心棒業、ドイツ警察の下っ引を腑分けしてみても、ここにはルシアンの若気を煽り立てる理想の欠片もない。ルシアンもまた挺身すべき道を欲している様子でもない。ただ、退屈な山里で身を持て余しているのだが、自分の中には目を向けるべき方向を示唆する知識も望みも何もないのだ。
 しかし、将来の夢を紡ごうにも今は流動的な戦時中、敗戦国の中で非正規兵士、レジスタンスに参加するにしても、それはスパイになるのと同じ事、平素の徴兵とは桁違いの難関だ。そうやってあぶれっ放しのルシアンが一番簡単に採用されたのが敵方の間者だった。ほんとうはこんな若者あり得たんだろうか?なんとなく'73年的、というより、'68年以後の若者の投影があるような気もするが、ならばそれこそ監督の意図するところなんだろう。
 30年隔てて「今」の若者がルシアンならこの時代をどう生きる?描かれるべき人物像とその行く末、なにを見せてくれるかといったら、これだろう。ウサギ相手からフランス愛国者相手へとドイツ的合法下で獲物が切り替わったということだ。

 利敵に走るのも行きがかりなだけ。この映画を見たら、戦争に負けるとはこういう事だと痛烈に受け止めるべきだろう。ルシアン個人を巡る何事かとは別な、さらに半世紀経った「今」だからこそ目が向けられる"日本版"の戦争に負けてどうなる、という事だ。
 それは、ドイツに迎合する政権の下でドイツ警察の下っ引を働くフランス人の面々のギャングもどきな様子を近い将来の日本のようなつもりで想像し頭の中で重ね合わせてみるという事だ。
 米軍が頼りになるのか、自衛隊が持ちこたえるのか、そんな事は分からない。だが、それ以前に国内での地上戦を想像してどれほどの人が今ウクライナで起きているようなありさまを自分の生活現場と重ね合わせる事に耐えられるだろう。ちなみに「世界価値観調査」で「国のためにたたかう」事を支持するのは13%、「たたかわない」は48%、「分からない」が38%だ。
 しかし交戦を止め、ひとたび敵軍の進駐を許せば、今度は映画のフランスのように民政移管されても、きっと合法的に身辺を調べられ、日本のばあい発足するかどうかも分からない地下組織への疑念を理由に拘引され、なんなら消されてしまう。全ては進駐軍の都合、もしくはその下っ引の日本人組織の都合である。だがそれ以上に、手下の日本人がルシアンのようにヤクザの構成員のような調子で肩で風を切って見せるようになるのだ。この映画でもほとんど姿を見ないが藪っ蚊に苛まれるレジスタンスと表通りを恐いもの知らずに練り歩くタダ酒のみ放題なルシアンと、なるならどっちがいいだろう。

 ついでにいえば、ルシアンがそうかは知らないが、ろくでもない親兄弟、ろくでもない隣近所、ろくでもない教師や生徒、同級生、学校しか覚えのない者たちが「戦前」の日本のろくでもない残骸どもを痛めつけるチャンスに飛びつかないといえるだろうか?日本は周辺諸国に比べそんなに立派なものだろうか?
 行きがかり上ドイツの手先になっただけのルシアンだが協力初日から成果を挙げて、見送る獲物の教師、ルシアンの「恩師」」がろくでもない人間でないにせよ、ルシアンにとっては生きようと死のうと実は「どうでもいい人間」であったことは間違いないだろう。
 それ以降、最後のひと夏の間、唯一「どうでもよくない」仕立て屋の娘フランスを巡ってあれこれするルシアンのチンピラぶりのションベン臭さには頭を抱えてしまう。だから、夏の終わり、じきにドイツ軍から置いてきぼりを食わされるのも薄々承知な中、ドイツからもフランスからも逃げ延びた3人が過ごす束の間のキャンプで、始めからこれでもよかったんじゃないか、あの修羅場を歩む理由がどこにあったのかと、それまでの半年が不思議な気すらしてくるのだ。
 だがしかし、あの元の山の村での、住まいさえ維持できない一家離散の暮らしから、共に生きるフランスに巡り合う事もなしに直接この天国に至ることはあり得ない。
 敵側に就いたルシアンのあの賽は投げられたという感じの日々の銃撃の先には知った顔もいるかも知れないのを無感動に掃討する。愛国者の摘発も、国を愛する謂れが知れねえとすら思うのだろうか。あのおもしろくもなく、どうでもよさ気な様子だが、明日死ぬ見込みぐらいの切迫感はあるだろうが連合国軍政下で死ぬなんて想像つくのか。

 ドイツ警察に引っ張られた時と同じように、いま俺がすべきことに従って同伴者フランスらと逃げた先、来たるべき冬と対独協力者追及を避けてあのまま生き延びることもあり得ない。見上げた空にきっとそんなことが去来するのだ。そこには若気の至りなんて年寄りの甘やかしなど掛ける余地もない。人生最後のキャンプで一家3人ウサギ撃ちでは養いきれない元の暮らしに戻って、生きる力の使い間違いを思うのだろう。日本のルシアン達ならこの場面をどう演じるか。
みんと

みんとの感想・評価

4.0
ルイ・マル監督の戦争ドラマ。

実在した人物を題材に描くコチラもまた映像美溢れる作品。ナチスとフランスレジスタンスの戦いに巻き込まれるルシアンと、彼が恋した少女との悲恋を描いていく。

う~ん、余韻が深かった。と言うかラストカットからのクレジットのかぶせ、思いもよらない結末に心を持ってかれた。

第二次世界大戦末期、一人の若者の青春を淡々と映しているだけのように見えて 実は知らないうちに着実に波に呑み込まれて行く。
若さが、浅はかさが、自覚も考えもないまま長いものに巻かれるように。はたと気付いた時には眩しいはずの青春が......

主演は23歳の若さで亡くなったピエール・ブレーズ。今作限りの映画出演が何とも惜しい。瑞々しさの中に少年の悲哀を見事に演じていた。そしてナチス占領下でも演奏を続けていたギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの楽曲が劇中で使用されている。


タイトルから受けるイメージよりもうんと暗く重く、ナチスのユダヤ人迫害に対して違ったアプローチで負の側面を描いた名作だと思う。
大鳥涙

大鳥涙の感想・評価

3.5
スターチャンネルex
先の見えない暗闇で、何の希望も持てず無為に生きる青年が、その無機質な姿を僅かながら変えることで堕ちてゆく。賢く振る舞おうとしたようには見えず、何かに導かれるままに行動した結果だった。余韻を残すラストが見事で、程度の差こそあれ、不条理は何時でも何処でも存在すると確信を与える。
ルイ・マル中期の秀作。
き川田

き川田の感想・評価

2.0
 まだ若く未熟なルシアンは、偶然にして縁を持ったドイツ警察へ、スリルを求めてのめっていく。はじめての仕事、はじめての権力を手にして、段々と傲慢が発露する。命を守るために仕方がなく、政治的地位や経済利益を得るために、対独協力をするフランス人・ユダヤ人は数多く存在し、また、ルシアンのように「なんとなく」「偶然」ゲシュタポに加わる者もいるだろう。沢山の密告文書。彼らは自分の行いが招く問題に気が付かず、もしくはそこから目を背け、表面的で刹那的な平穏を享受する。しかし周囲の状況が変化すれば、身を守る盾は簡単に死を待つ牢獄になる。
R

Rの感想・評価

4.5
久々の3回目鑑賞。あんまドラマ性が盛りだくさんなわけではないのに上映時間が140分もあるので、なかなか見返そうと思わないのだが、今回は所有しているBlu-rayを売っぱらっちまうかどうかを決断するために見てみた。うーーーん、迷うなーーー。やっぱ面白い! セリフが少ないのに、画面に映るものや演出がいちいち的確なので、ぼーっと見てても登場人物の心境がよくよくよくよく伝わってくる。まず、本作を好きになるかどうかのネックは、ルシアンの存在をどう受け止めるかにあると思う。なぜかというと、ルシアンはめちゃくちゃ嫌な奴だから。1944年ナチスドイツの統治下にあったフランスを舞台にした本作の主人公ルシアンは、病院の掃除夫として、退屈で鬱々とした日々を送っているティーネイジャー。そこから抜け出すために、レジスタンスに加わろうとするのだが、君はまだ若すぎる、と拒否される。で、ひょんなことから、ドイツ秘密警察の人たちに出会い、享楽的で刺激的な生活を送る彼らに大人扱いされることで気分良くなって、ドイツ警察に加わることになる。冒頭から、ルシアンが動物を殺すシーンがいくつかあって、何となく思いつきだったり、狩りだったり、家畜の屠殺だったり、そのどれもが鬱屈した思いの気晴らしみたいに見える上、ドイツ警察に加わると、人々に対して傲慢で、意地悪で、高圧的な態度をとり始める。何て憎たらしいヤツだ。そんなヤツが、立派な洋服を作ってもらいに連れて行ってもらったユダヤ人の仕立て屋の家で、フランスという名の娘に一目惚れ。仕立て屋に対してはあくまで格上の態度を取りつつ、娘に熱烈なアタックをし始める。これ、ほんまにルシアンの演技をする人がちょっとでもキモさのある人やったら、ただのムカつく悪党になっていただろうが、ピエールブレーズという男優が、おそろしく完璧なバランスでティーネイジャーのナイーブさを出しているため、憎みきれないんすよね。顔に隠しきれない、ってかあからさまな幼さとキュートさもあって。ユダヤ人の仕立て屋も、娘にちょっかい出されながら、不思議なことだが、私は君を憎みきれない、と思わずこぼしてしまうシーンがある。うんうん、分かる、分かる、と首を縦にブンブン振ってしまった。しかも、ちょうど幼児体型から大人の体型に変わっていくくらいの絶妙な時期で、なかなかのナイスボディー。アリよりのアリです。が、未熟さのゆえに母国を裏切ってしまう。で、面白いのが、仕立て屋の娘の名前がフランスなのです。フランスを裏切って、フランスを愛するという皮肉。一体彼らの関係がどんな決着をつけるのか。時代の流れ的に悲劇になるしかないのだが、それでも心をとらえて離さないのは、ルシアンの心の機微ゆえなんでしょうねー。全編ほぼすべてのシーンで無表情を貫き通すルシアンだが、なんだかんだで微妙に心が動いてるのが見てとれるときがある。それが幼くて、可愛くて、哀しい。そして、脇役の人たちもみんなすごくイイ。特にフランスのお婆ちゃんは良かったねー。黙々とトランプでひとりゲームをやって外界を遮断してるときに、ルシアンがズケズケ邪魔しにいくのが微笑ましくすらあった。婆さん視点からしたらウザーてしゃーないやろうけど。あと、仕立て屋はオルガローウェンアドラーという人が演じてて、顔に浮かんだ憂いと眉毛のすごさが印象的。フランスを演じるオーロールクレマンは、綺麗なお婆ちゃんってイメージやったけど、当たり前ながらこの時はめちゃくちゃ若い。もうユダヤ人でいるのはウンザリよ!と泣いてる悲しみは胸が痛かった。自分が自分であることが嫌でたまらないことほど苦しいことはないだろう。ただ、このひと、美人ではあるが、見ようによっては怖い顔だな、とも思った。特に最後の二つのアップのショットは怖くてゾゾっときた。映像も素晴らしい。緑色盲の僕ですら、目が良くなるんじゃないかと思ったほど青々とした自然の美が美しかった。あと音楽ね。フランスが自宅のピアノで練習してる曲のふたつは僕も大好きな曲で、ベートーヴェン月光の第一と第三楽章。特に、究極に難しそうな第三をゆっくりゆっくりたどたどしく弾いてる音は、まるで彼ら二人のぎこちない成長と立ち位置と感情を暗示しているかのようだった。そして、こうして久しぶりに見て感想書きながら思ったこと、うん、この映画はキープですわ。またこの阿呆で不器用でうざくてかわいいルシアンが見たい。見たいわ。
Sari

Sariの感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

第二次世界大戦中の1944年、ナチスドイツ占領下のフランスを舞台に描かれた青春映画。

農村の少年ルシアンは貧しい家計を助けるために病院の清掃係として働いていた。5日間の休暇を与えられ農村に戻ると家は人手にわたっており、父親は捕虜、母親は村長の情婦となっていた。
ルシアンはレジスタンスに参加して戦いたいと村の教師(指導者)を訪ねるが、若さを理由に断られてしまう。病院に戻ろうとしたところ、ゲシュタポの本部でスパイと疑われ捕まり、そのままドイツ警察の手先になり祖国フランスへの裏切り行為を重ねていく。

無知な青年が、レジスタンスへの単純な憧れから、ゲシュタポに絡め取られていく過程が見事に表現されている
実在した人物との事だが、事実はまだ調べていない。
主人公ルシアンを演じるのが、実際に野生児で、それまで映画を観たことがない無教養なピエール・ブレーズという青年。彼の演技を超えた自然体、無意識的な残酷さを持った表情が、ある種のリアリズムで描かれる鮮烈さ。(小鳥を打ち殺す、兎の密猟、家畜の鶏を捕まえ素手で頭を落とすシーン等)
ルシアンが出会うユダヤ人の仕立て屋の少女フランスを演じるオーロール・クレマンのデビュー作品で、その悲しみを帯びた初々しい美しさ。

美しいフランスの田舎で、先の見えない逃亡生活を送るなか、束の間の安らぎの中でルシアンが捕まり処刑されたという結末を字幕で伝えるという演出。フランスがルシアンの名前を呼び、返事をしないルシアンが側で見守っている不思議なシーンがある。ルシアンの不在を表す、その虚構のような幻想的なラストが切なく心に残る。
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