1975年のポーランド、ワルシャワ郊外の森の一軒家の古い屋敷で、91歳のアニェラは愛犬フィラデルフィアと暮らしといる。彼女のもっぱらの楽しみは双眼鏡で近所の人たちの生活を覗き見ること。

窓ガラス越しに、彼女の心情を描写している。歪んだ映像、鏡とダブルで何重にも重なり不穏感を作る演出、彼女の寂しそうな顔、そこに映る昔を思う幸せそうな顔、全てがガラス越しに観客側から見える窓ガラスに映り込み、扉の間から、闇の中から、孤独な生活を綴る。特に黒の使い方が絶品でその中に微かな白を混ぜ、絶望の中に常に光を残す。

しかしそこから彼女の見る世界は真逆で、バラエティに富んでいて肉厚だ。双眼鏡の先には昔の幸せだった時間が重なり、美しい思い出の数々が心を穏やかにする。絶妙なタイミングでいつも聞き役の犬が吠えて回想の邪魔をする。彼女を現実に引き戻すのだ。まるで自分の存在をアピールしてるかのように、そうして彼女がまだ生きていることを都度教えるように。

瑞々しい昔の回想に眩い光が降り注ぎ、モノクロによる光と陰のコントラストを見事に立体的に浮き彫りにする。生きる力を与える嵐の日には雨粒が生きるように光を放ち、嵐が白い光を放ち、彼女の全身を光で包み込む。木洩れ日が光と陰の絶妙バランスを作り出し、古い家を幻想的な美しさへ誘う。

実際に91歳の女優によるモノログにより構成される本作では、再期を迎えた時の人の心の移り変わりを木洩れ日の光とともに優しいタッチで描き、死期を間近に余分なものが削ぎ落とされ、大事なものが見えてくる。

血の繋がりの安心が見事に崩れ去った時、そこに残るのは古い家と愛犬である。彼女の話をただ静かに聞き、辛い時も嬉しい時もそばで見守って来た。彼女が大きな決断を下した時、窓ガラス越しにそれを見守っているのもやはりフィラデルフィアなのだ。

悲しそうな顔をして切ない吠える声だけが、彼女には届かず鳴り響く。大切なものは最小限だ。そうしてその最期を大切なものに見守られ迎える。古い家は息を吹き返し、生まれ変わったように笑い声の生が行き交う。そうして生き続けるのだ。

彼女の思い出とともに、また新しい誰かに古い家に受け継がれていく。リレーのバトンをしっかり繋ぎ、晴れやかな笑顔が残る、美しいし終焉である。

大きな声では言えないけれど、この微妙に合っていないようで合っていると感じる邦題の正式名称は「木洩れ日の家で死ねたなら」だろう。
最後まで観て自分はそういう答えに至った。

91歳、郊外の森の寂れた一軒家で、愛犬(めっちゃいい演技する)を話し相手に一人で暮らす、息子夫婦とも折り合いの悪い偏屈な老婆が、目前に迫っている自覚がある「死」を明確に認識し、過去を回想、未来へ何を残すかを思い悩む……まぁ、難しい言葉で語ればそうだけど、本質はゆっくりと贅沢な歩調で流れる老婆アニェラの日々を淡々と描く、世界の狭い物語でもある(人生を畳もうとしているのだ、狭くて当然)。

「いつもと変わらない」を努めて実行しようとする時に現れる綻びと、知らぬままでいたかった事実。
息子と太った孫娘が殊更嫌な奴に見えてくるのは、アニェラの物語でそれ以上広がらないのだから当然。
使い古されているラストの展開も、生ける伝説とまで言われた主演俳優のシャフラルスカだからこそ成立する部分こそ大きいが、そこら辺に日本公開時に随分ロングランしたって逸話の説得力がある。
何となく、日本人が好きそうだな…ってお話でした(自分も結構好き)。

森の中の古い家で、愛犬と暮らすおばあちゃまが、ブツブツ独り言を言ったり昔を思い出したり、双眼鏡でお隣りをのぞいたり息子に腹を立てたりするのを、ただじーっと映しているだけの白黒映画。
若い子ならこんなの見たって眠くなるだけだと思いますけど、そろそろ老後が心配なわたしのような世代が見ると非常に身につまされます。
ラストなんて、これとっても幸せなんじゃと思ってしまう。

あとはもう何せワンコが可愛い！
すごく可愛かったけど、一人暮らしの老人が動物を飼うのはやはり心配ですね。