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海辺の一日
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『海辺の一日』に投稿された感想・評価

海
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エドワード・ヤンがあやつる時間の波に身をゆだねていると、わたしはわたしの持つ最も古い記憶のもとまで戻って、そのまま、名前もかおも知らないだれかの中にはいっていきそうになる。たった一時間や二時間で、はじめて会ったあなたの、悲しみのいちばん深いところに触れる。あなたの声や表情や仕草がわたしをつれていく。あなたの手がわたしの手を引いてゆく。悲しい女ばかりを見てきた。光に照らされる幼い子を、ながめて微笑んでいるときも、薄暗い部屋の中で、テレビを見ながら眠くなるのを待っているときも、悲しげで、疲れていて、孤独な女性ばかりを見てきた。彼女たちは死を知っていて、憎しみを知っていて、怒りを知っていて、深すぎる愛を知っていた。そういうときの母を見るとき、わたしはいつも、泣き出したいほどの不安に駆られた。だから母が、次の日の朝に、いつもどおり顔を見せて「おはよう」と言ってくれるのが、夢みたいに感じた。ずっとそれが世界だった。生きてて、悲しんでて、泣くように微笑んでて、どんなに傷ついても何かのために怒ってて、楽には生きていけないひとが、わたしにとっての世界だった。明日、死ぬかもしれないひとだけが、わたしの世界だった。雨がわたしたちのはだかの手を洗って、陽がわたしたちを砂のようにやわく戻す。月がみてる、わたしがあなたをみているように。風がきてる、わたしがあなたをさわったように。天国がもしも本当にあったら、そこではじめて見るものは、きっと海だとおもう。
長編デビュー作という事だが、この時点でひたすらにペシミスティックで怖すぎる。どういう生死感してるんだこの人…撮り方は以降の作品と比べるとアップが多くて意外であるがとても面白かった。冒頭の海辺で光る瓶のショットが忘れられない。

兄貴が死ぬ場面で冷たいであろうベッドの枠を手で触っていくのが妙に良い。
妹が母に連れられて散歩から帰ってくると床に倒れ込む兄貴と割れた食器がぬるーっとカメラ移動で写り込むあのショットも忘れられない。
いつの時代も変らぬ家族と言う名のしがらみ。当たり前のように医師の道を歩み実家を継ぐものだと思われていた時期が私にもあったのは遠い過去の話。本を沢山読んで試験を何度受けても人生の難題を解決する方法は学べなかった、と彼女が話すように、やはり自分の頭で考えながら想像力をもって人生をやることでしか本当の意味で学ぶことも、成長することも出来ないのだとつくづく思う。変わっていくことを悲しいとは思わない。人生はどうしようもない。幸福は感じ取るものでスタンダードはないのだから、全ては自分の責任だという諦念あるいは開き直りをもって進めば何も怖くはない。という答えに達してから年々歳を重ねるのが楽しくなっている。意味はなくともうつくしいものを見たいという純粋な欲求と、立ち止まる為に映画は必要。先日東京上空いらっしゃいませを観た時も感じたような、生きていることが光だと思わせてくれる映画だった。

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