象は静かに座っているの作品情報・感想・評価

象は静かに座っている2018年製作の映画)

大象席地而坐/An Elephant Sitting Still

上映日:2019年11月02日

製作国:

上映時間:234分

ジャンル:

4.1

あらすじ

「象は静かに座っている」に投稿された感想・評価

藤井陸

藤井陸の感想・評価

4.2
偏見的になってしまうかもしれませんが、勝手に思い描く中国のイメージ。その中で、それぞれの登場人物が、共通して「座っている象」が見たいという。慌ただしさや差別、いじめなどが蔓延する中で、小さな平穏を求めていることがとても伝わり、本編の時間が長いが、飽きることなく鑑賞できた。
柳之貓

柳之貓の感想・評価

4.2
不世出の若き文芸映画監督の遺作。
ほとんどのシーンを、ロングショットながらも動きのあるカメラワークで繋いだ自然な映像展開だが、いかんせん冗長さが目立ち、対話も含めテンポの遅さがとても気になった。

演者はほとんど素人のような出で立ちで、初めはインディペンデント映画を見せられているような気がしていたが、話が進むにつれて馴染んでいき、各々の単純でない背景の深さが見えて(皆んな人はそうなのだが)、味が出てくる。

現代中国に生きる人たちを取り巻く数々の問題を詰め込んであるが、その中でも人となりや風景の美しさが光る、残る作品だった。
れぇ

れぇの感想・評価

3.3
映像演出0.7
演技0.7
感動0.7
脚本0.6
音楽0.6
yoshiko

yoshikoの感想・評価

4.4
見てからかなり時間がたってしまったのだけれど、映像の部分部分が記憶に刻み付けられてしまっていて、やはり書かずにはおられない。中国南部の重工業の街で、4人の主人公の一日が描かれる。カメラは被写界深度を極端に浅くして、主人公以外の人物はほとんど亡霊のようにしかたち現れない。エピソードは時に連鎖し、時に互いに何のかかわりもないように発生し、希望があるのかないのかわからないような深夜の旅へと収斂していく。「パラサイト」がそうだったように、これはこの社会のどうしようもなさのなかでもがく人たちの「希望」の物語だ。でも「希望」は彼らにとってはカギカッコ付きでしか存在しない。カギカッコでくくられ続ける中から脱出しようとする先に、カギカッコのない希望はあるのだろうか。

女性2人(主人公の1人の高校生と、主人公の1人が付き合っている相手である女性)のまなざしの強さと深さが印象的だった。自分の人生を選び取ろうとする強さが女性たちに託されている。

監督が自ら死を選んだのは本当に残念だ。カギカッコは決してはずすことはできないと思い定めてしまったのだろうか。
ヨーク

ヨークの感想・評価

4.1
肉体的にも精神的にもしんどい映画だった。『サタンタンゴ』よりはマシとはいえ234分でほぼ4時間というランタイムはまず肉体的にしんどい。本作は見逃した映画をよくかけてくれる愛すべき下高井戸シネマで観たのだが、その前にイメージフォーラムでやってたときに重い腰が上がらなかったのもひとえに上映時間の長さが気になっていたからだ。まぁ結果的には観てよかったなぁと思える作品だったので別にいいんですけれど。
そこはまぁ観てるときにお尻が痛いくらいだから別にいいとしてだ、肉体的にしんどいのはともかく精神的にもしんどかったのは正直一週間以上間を置いた今でもあんまり変わらない。息苦しい映画だったし、作品が映し出されている劇場から逃げたくなるような映画だった。
舞台は中国の田舎町。特にこれといった産業もなさそうで退屈そうな町が舞台。そこでそれぞれの運命が転換する4人の主人公たちの一日を描いた物語。と、そういう風にあらすじを説明すると4人の人生がクロスオーバーしながら一つの大きな物語になるような盛り上がりを感じるかもしれないが本作はそういう風に面白い物語や刺激的な演出で観客を煽ったりはしない。上映時間が長いので最初に類似例として『サタンタンゴ』の名を出したが、本作を観ながら俺の頭には何度も『サタンタンゴ』が去来した。常識的に考えれば不必要だろうと思えるほどに、とにかく一つのシーンが長い。『サタンタンゴ』の感想でも書いたが本作も起承転結を成立させるためだけなら不要としか思えないシーンがたくさんある。物語的には何の展開もないのに数分間ただ歩いているだけのシーンとか。これは観劇後に知ったが本作の監督であるフー・ボー氏は『サタンタンゴ』のタル・ベーラを師と仰いでいたそうで納得した。確かに作風は似ている。だがどこか幻想的な感じさえするタル・ベーラの『サタンタンゴ』と違って、俺が息苦しくて逃げ出したくなったのは本作『象は静かに眠っている』にはむき出しのリアルさがあったからだ。
被写界深度が浅く被写体以外はぼやけている映像。ひたすら被写体の頭越しに見せられるアングル。それらはどちらも被写体である4人の主人公と観客との間に絶妙な距離を置く。自分のことのようであり、他人事のようでもある。作り話を観ていると思ったら、不意に自分の頭の底にあった生々しい記憶が蘇ってきたりする。多分照明もあんまり使ってなくて可能な限り自然光なんじゃないかな。そんな風に主人公たちの頭越しに見えるぼやけた世界は不明瞭で不条理で、共感を拒絶しているようにも思えるが、ある瞬間に自分の人生がスクリーンに映し出されているような錯覚も覚える。
俺の人生が上手くいかないのは他の誰かのせいだ。俺は悪くない。誰でも一度くらいはそう思ったことがあるだろう。ない人は幸せ。この映画の登場人物たちもみんなそう思い、誰なのか分からないどこかの誰かに静かに怒っている。その怒りも物語の中でぶつけるべき悪役がいるわけではないのでどこかに浮かんだままで、その静かな怒りは登場人物のものなのか映画を観ている自分のものなのかも分からなくなってきてしまう。観客である我々は彼らの世界には関与できないのだという絶望感さえ感じる。また自分の人生が物語的虚構なのだとも思える。
本作はそういうリアルな閉塞感からも物語的な都合の良さからも逃げ出すための映画なのだという気がした。現実も作り話も絶望的だからそのどちらでもない場所へ行きたい。でもそんな場所が本当にあるんだろうか、という映画。すごく悲観的なんだけどその一方で笑っちゃうほど楽天的だとも思う。だって、満州里の動物園の象を見たからってどうなるっていうの。どうにもならないよね。現実的にはもちろん、作り話の映画としてもどうなのよって思う。でもそうじゃないんだ。この映画はとても純粋で、ただこの現状がもっと良くなればいいのになっていう祈りの映画なのだと思う。祈りってえてして絶望から生まれるものだけれどそれって楽天的な行為だと思うんですよ、俺は。だって何らかの力を介して少しでも良くなりますように、って思いながら祈るわけじゃないですか。これといった根拠はないけど良くなればいいなって思うんなら、楽なことだよね。でも大事なことだと思う。
そんな風に思っていなければラストシーンであの鳴き声は響かない。だから、フー・ボーの自死の原因は分からないけれどきっと世を儚んでとかそういうのじゃないと思いますよ。ハッキリと未来に希望を持っていた人だと思う。だからこそ彼の次回作を観れないのは悲しいですけれど。
しんどい映画だった。現実と物語をすり鉢で混ぜ合わせて、そこから観客が何を拾うのか試されているような気もした。映画を観た後に調べて知ったんだけれど、満州里って中国とモンゴルとロシアの国境当たりの微妙な土地なんですね。主人公と観客とか、映画と現実とか、やっぱそういう色々な境界を感じる映画だな。
かの

かのの感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

どこへ行っても同じなんだ、もっと良い場所があるはずと思いながらここで暮らしていくんだという諦念を抱える老人は、それでも少年らとともに満州里を目指すことを選ぶ。バスを降りて羽根蹴りで慰める夜に、静かに座る象が咆哮する。あのヘッドライトの照らす先が、少しでも明るい未来でありますように。

ここじゃない何処かへ行けばここじゃない何処かがここになるだけだろう/岡野大嗣
ブク

ブクの感想・評価

5.0
今まで観た映画の中で1番彩度が低くて、1番人間の後頭部をみた映画。カメラワークがめちゃくちゃ印象的だった。
何か変わるかもしれないし、変わらないかもしれないけど、とりあえず進んでみよう。やるかやらんか迷ったら、やる!今の自分は誰のせいでもないし、わたしの人生だけど、だけど、わたしのせいでもないんだもん。ここではないどこかへ、希望と怒りをぶつける、パオーン、、
S

Sの感想・評価

4.0
「映画」を 目撃 した。

スクリーンの幅や高さ、奥行きを最大限に利用して、何が起こっているか を見せていた。
そこには 無駄 がなく、それが少し物足りなさを感じさせた。

役者が全員良かった。
何をしたいのか明確に表現できていた。
ただ、もう少し表現の 余白 を見てみたかった。
くそったれなこの世界とここじゃないどこかにあるかもしれない希望への憧憬と
自分、、遅れてきた映画ファンなんで 劇場で映画を観るようになって まだ3年くらいなんだけど、、その中でも ほぼベストだったいってもいいかなっていう作品。。
どんだけ詰まってるのよ、、ていうくらい八方塞がりの4人。。

でもね、、カメラの目線の優しさ。。

ずーっと 舐めるようにキャストを追ってたカメラが最後にロングショットで、、、。

奇跡のようなラストシーンだった。。

オールタイムベストな秀作。。

2019 イメージフォーラム、uplink吉祥寺
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