Please Please Pleaseの作品情報・感想・評価

Please Please Please2016年製作の映画)

上映日:2017年01月14日

製作国:

上映時間:103分

3.1

「Please Please Please」に投稿された感想・評価

しゆ

しゆの感想・評価

3.0
作品の雰囲気はすごく好きだけれど、ラストが微妙。結局あの売りつけたがらくたが光ったのはなんだったの???って感じ。作中のPlease Please Please のところはすごく良かった。
描きたいことがぼんやり。映画としてなりたつ及第点。キャストはよいが、ストーリーが微妙。
シネマート新宿にて

鬱屈した若者の、モヤモヤした感情を描いたクライムムービー。
後半は、予告編を観て抱いた感じの展開ではなかったかもしれない。

その展開を期待してたので、個人的には物足りないかな。

あと、女性のモノローグが説明的すぎ、かな。
んー、、、
なんて言えばいいんだろう。
難しいな
この映画に主演している俳優を知らない人にはどんな映画として映るのかわからないけど、彼らに興味がなくても観にきたってひとは、ポスターや予告編に、映画の輝きをみたんだろう。

彼ら「若手俳優」のことが好きなんで、こういう低予算映画も気づいたら観ている。
映画自体、彼らのファンに向けて製作されているのだとおもうが、いつもいいたいのは、男の子を撮るなら、まず女の子をちゃんと撮って!ってこと。女の子を出すなら女の子を魅力的に撮ってくれってこと。

この映画でいえば、とにかく語り続ける女の子のナレーションにまったく魅力がない。
そのナレーション自体、観客をまったく信用していないというか、この映画の構造はおもしろいんだけれど、その構造がさきばしって、主人公たちを描ききれず、彼らをまなざす少女のナレーションに頼り切ってしまってる。
その頼りのナレーションが、紙に書かれた文章を読み上げてる風なのが、耳障りで耳障りで。
ナレーション抜いて再編集したものをみてみたくなった。

主演の佐藤流司は演技をしていないところに、ドキっと掴まれる表情があった。

野川大地って子がよかったなー。
hyak

hyakの感想・評価

-
評価するとしたらほぼイケメン加点のみ。
設定も表現手法もいまいち何がしたいのかよくわからず。モノローグいらない…。頼むから来ないでくれって言うほど邪悪な世界でもないしなー。でも不思議と退屈はしなかったしテレビドラマなら良いかも。
あすか

あすかの感想・評価

4.5

このレビューはネタバレを含みます

14日の公開初日に好きな役者さんがいたため舞台挨拶の為2度鑑賞しました。
その上での感想になりますのでネタバレととれる可能性ございます、お気をつけください。

感想としては一言でまとめると正直なところ上手く言葉がまとまらないです。
1度見た時点での感想はなんだかよくわからない。
私自身が文学に富んでいる訳でもなく馬鹿な部類なので尚更なのですがそもそも私自身にはこの映画は何を訴えかけたかったのかがよくわからないまま1度目が終わってしまいました。
そうして舞台挨拶にて「居場所」というワードが出てきました。
でも自分のなかで上手くそのワードすらも呑み落とせなくて、悶々と考えながら2度目の鑑賞。
結論からいうと2度目でも、特に最後のシーンの解釈が纏まらずに呑み落とせないし盛り上がりにもかけるようなという気持ちが残りました。
でも全体を通しての印象が少しだけ変わった気がしました。
登場人物達が居場所を求めて足掻く、舞台挨拶でそんな風におっしゃっていた気がするけれど私には「多くの手段を持たず与えられずの不器用な人間がその狭い箱庭のなかで生きて、わずかに触れた暖かさにけれどこれまでの悪手のせいでもがき苦しむ」そんな作品に思えました。

今回主演で兄弟役であった佐藤流司さんと佐藤永典さんがまさにその渦中の役で、物語の過程で変わっていく彼らにとても引き込まれました。
不器用な兄弟が不器用なりに訴えかけるもの、それが自分の胸に響きそこから反響していくような、そういった何かを感じた気がします。

おそらくこれは内容がいまいちよくわからないという感想を抱く人が多くいるかと思います。
それでも見た上で自分のなかでゆっくりと噛み砕いて、もう一度見てみるとなにかが変わるような、そんなお話なのかなと思います。
AO

AOの感想・評価

3.0
今、飛び立たんとする俳優たちの刹那と未来が一瞬で見えた気がした。

この瞬間でしか表現できない彼らの感情とその姿を、美しい映像の中に閉じ込めてくれたことが奇跡のような、そんな映画だった。環境映画と言われればそうかもしれない。感情の断片が、出来事の切れ端が、ぶつぶつと繋がっている。正直、「物語」としてはもっと上手くいっただろうという気持ちにならざるを得なかったけれど、それも総て今の彼らを映し出そうとした結果であれば仕方のない気さえする。それよりも重要なのは、彼らがその中でどう生きて、考えているかということ。それは説明的なモノローグではなくて、表情だけで表現すべきだったと思う。その力は十分にあったはず。そこが勿体なかった。