『猫、かえる Cat’s Home』の作品情報・感想・評価

『猫、かえる Cat’s Home』2019年製作の映画)

製作国:

上映時間:19分

3.2

あらすじ

「『猫、かえる Cat’s Home』」に投稿された感想・評価

モトーラ世理奈を撮りたくて撮ったと監督がおっしゃってましたが、まさにPV映画
個人的にはこの作品のモトーラ世理奈さんが一番好きかもしれないです

どちらかというと幻想的で生命感が薄目の役を与えれる印象が多い彼女の現状ですが
このタイミングでこの作品が公開出来たことはのちのち大きくなる気がします

モトーラ世理奈さんの成長騨に間違いなく刻まれる作品だと思いますね

このレビューはネタバレを含みます

シアターバッカス で予告編を観たときから待ってたヤツ。イブとリナさんの鼻歌に癒やされました(ΦωΦ)

このレビューはネタバレを含みます

主演のモトーラさんが、猫だ。
と、冒頭の跨線橋から思わせる。猫の眼には世界の記憶はどう見えるか?

猫にはテリトリーがあって、自分が気に入ったその見えない囲いから出ようとしない。と誰かが言った。

彼女が跨線橋を渡ってこちら側にやってきて、そして最後まで跨線橋の向こう側には決して出て行かない。あの橋は、境界線だ。彼女の心のテリトリーは映画の閉じた時間の中にずっと封じ込まれ、観客の我々と一緒に20分の上映時間は時間の感覚を失い、記憶となる。

彼女は句読点を打つように、使い捨てのフィルムカメラでシャッターを切る。その度に彼女の(そして観客の)閉じた時間に穴が空く。

彼女と外界を繋ぐ窓。
それは私たちの居る外側と繋がる。そこにはささやかな生身の人生がある。

モトーラ世理奈の演じる猫のような主人公の人生と、私たちの人生が断片的につながっていく。私たちの心にある、猫のような閉鎖的なセカイが、映画の記憶と混じりあう。

今尾監督が敢えてフィルムで撮った、そのことが、さらに映画の記憶を深くする。かつて大林宣彦監督が自作の冒頭に四角いフレームを敢えてつけていたことを、思い出しながら街に出た。

このレビューはネタバレを含みます

今尾の映画は絶えず動き続ける

「猫、かえる」
コメディである。そしてフランス映画である。

モトーラ世理奈のゆったりとした雰囲気に騙されそうだが、この映画が持っている移動のエネルギーは尋常ではない。

主人公の女性が元彼の家から猫を引きとるという短い時間のシークエンスにアクションがびっしりと詰まっている。それに加え、動きを導くために構成されたプロットをただなぞるのではなく、モトーラ、そして共演の品田誠演じる元彼が映画の世界で奔放に泳げるように、今尾は仕掛け続ける。

メモ書きするとこんな感じだ。

陸橋
降りる
歌う
歩く
写ルンです
撮る
花と鍵
ネコ
元彼
くしゃみ
またネコ
隠れる
ソファ
宅急便
いなくなる
指なめる
探す
走る
怒る
こける
平手打つ
横たわる
イマカノ来る
泥棒〇〇
ネコくる
三人歩く
渡される
一人歩く
撮る
雪が降る
ネコ
名付ける
また、歌う

ネタバレ必至で恐縮だが上述の通り全編ほぼアクションしか存在しない。モトーラや品田はそれぞれの持ち味をこの動きの中で存分に発揮している。

そして三鷹〇部作共通の舞台大宰橋がさらに列車の動きを加えるのである。

舞台挨拶で今尾は電車について言及していたが、原初的にアクションを希求する映画という装置が作品の骨格とぴったり重なっている。それはまるでリュミエール兄弟が汽車の到着を撮らざるを得なかったかのようにだ。

監督が認めるかは分からないが「猫、かえる」にはジャック・リベットの映画と同じ血が流れている。映画というメディアが持つ欲望を今尾ほど満たす監督はそう滅多にいないだろう。
くぅ…飲みすぎた!もう酒見たくない早く帰りたい!
言うて駅から家までフラフラパタパタ走りながら帰ったクセに、次の休みにまた飲む約束をする、なんてのを年明けてから繰り返していたんで…
今日は久々に飲む予定どころかなんの予定も無い休みでめちゃウキウキした!
だからか知らんが、19時10分上映のこれ観る為に朝の8時半に家出た!仕事行く日より早い!ゲラゲラ

彼氏と一緒に飼っていた猫を、別れたから引き取りに行くよ!って話

いや〜、モトーラさん見たくて張り切り過ぎた感はあるが、モトーラさんめちゃ可愛かったから満足やわぁ!ぺろぺろ、ニャンコロだっこするモトーラさんとかカレー麻婆案件やろうがよ!見て!ジャケ写代わりの写真!くぅ、マシンボーイもモトーラさんにだっこされてぇわぁ

しかもやで!可愛いんはモトーラさんとニャンコロだけちゃうんよ……
チラチラするニャンコロのキャン玉の可愛さなんなん!ゲラゲラ、ニャンコロのキャン玉があんなに可愛いとかマシンボーイ盲点やったわ、めちゃフワフワしたんがチラチラ見切れてて、もはやキャン玉ならぬキュン玉やったわ!ニャンコロのキュン玉写真集とかあったら絶対に売れるでぇ

まぁな、ストーリーとかポンコツの極みやし、まともな人間出てこないし、演出とかめちゃダサかったし、台詞とか酷すぎ!令和の時代に「この泥棒猫!」言う映画が劇場公開されるとかノストラダムスでも予言出来んかった思うわぁ…え?ノストラダムスも古い?スンスン

そんなモトーラさんとニャンコロとキュン玉の可愛さのみな作品やったけど、モトーラさんとニャンコロの可愛さだけが目的だったマシンボーイは大満足やったわ!10時間前に家でたかいあった
でも10時間以上の空き時間も意外と有意義な無駄使いやったんよ、焼き魚の朝ごはんとか久々に食べてめちゃキュンしたし、コーヒー飲みながら短編映画をU-NEXTで観て、餃子くいながら結局ビール飲んで、またコーヒー飲みながら短編映画をU-NEXTで観て、買い物とかしたかったんやが飲み代かさみすぎて金欠やから諦めたわ…スンスン

もちろん、モトーラさん加点!ニャンコロ加点!キュン玉加点!ありだぁ!
モトーラ世理奈さん、品田誠さん舞台挨拶目的で鑑賞
今尾監督からの質問に対して長い沈黙後に言葉を発する姿に健さんを思い出した
すかさずフォローに入る品田さんの気配りは流石
映画自体は…評価が難しい…
Marrikuri

Marrikuriの感想・評価

2.2
雰囲気のよさ。自主制作の邦画だけをずっと観ていたい、と思わせかけてくれるこの心地よい身近さ。。

モトーラさんって、美しさと冴えなさが黄金バランスで同居してて、(吉祥寺あたりを普通に歩いていそうな)等身大っぽさが目に優しくて、私は今のところ好き。(たぶん中央総武線沿線の三鷹駅近くで撮られてるために、武蔵野ガールの端くれ?を自認する私からみて、これまでにない穏やかさの画中に彼女がすてきに溶け込んでた。)
といっても、台本上はツッコミ役だ。幾度もスグキレしてみせる彼女を、聴覚的には自然さとしては受け取れなかった。

品田さんは、「実際にこの人が目の前にいて、スケボーの練習にでも誘ってくれたら」って想わせるカッコよさが、やっぱり身近さとして自主邦画の良性な武器になってた。
が、彼もまた演技者としてはどうってことなかった。

もう一人の女優ちゃんは、顔立ちとかがちょっと私には異物感。この人が登場してから、自然な風景ってよりもフィクショナルな撮影現場感が出ちゃった。(この人のせいじゃなく、一作全体の演出のせいかも。)

猫ちゃんは、これ私が飼いたくなるルックスじゃないんだけど、まあ、いいでしょう。カメラ前でうまく扱うのはなかなか大変だったと思うよ。


それで、えーと、、雰囲気のよさに安心しながら観たわけなんだけど、あまり盛り上がらないまま終わっちゃったから。。。

[池袋シネロサ]
初日、見に行きました。モトーラさんが独自の雰囲気を持っているので、それが作品にとても合っていたと思います。猫ちゃんも可愛かった。「鼓動」との二本立てで、どちらも異なるテイストで面白かったです!