
14歳のカントは、アイヌ民芸品店を営む母親のエミと北海道阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らしていた。アイヌ文化に触れながら育ってきたカントだったが、一年前の父親の死をきっかけにアイヌの活動に参加…
>>続きを読む1930年代、スウェーデン北部のラップランドで暮らす先住民族、サーミ人は差別的な扱いを受けていた。サーミ語を禁じられた寄宿学校に通う少女エレ・マリャは成績も良く進学を望んだが、教師は「あな…
>>続きを読む1958年にリリースされたある曲が、世界を揺るがした。タイトルは「ランブル」。インディアンの血をひくリンク・レイによる、この攻撃的なギターサウンドは物議を醸し、歌詞のないインスト曲にも関わ…
>>続きを読む戦後75年目の残留。生き別れた者が伝える、日本という国の今。「私を日本人と認めてほしい!」-フィリピン残留日本人 。「私は日本人。でも言葉がわからないの!」-中国残留孤児。太平洋戦争以前、…
>>続きを読むセバスティアンとパストーラは、エクアドル南部アマゾン熱帯雨林に住むシュアール族。かつて首狩り族として恐れられたシュアール族は、スペインによる植民地化後も武力征服されたことがない民族として知…
>>続きを読む昭和19年秋、太平洋戦争で圧倒的に不利な戦況に陥っていた日本軍は、米軍のフィリピン攻略を阻止すべく苦汁の選択を迫られる。それは大西瀧治郎海軍中将による提唱の下、少ない戦力の中、敵と戦う最後…
>>続きを読む監督の故郷である与那国島の日常や祭事を取材したドキュメンタリーと花、果実、骨、儀式などをモチーフに幻想的に描かれる世界が交差しながら物語は進む。現実とフィクションはやがて溶け合い、ジャンル…
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