
マグダの元を離れたユリは、織物⼯場で働いている。映画監督を志すユリは、モスクワの⼤学で映画制作を学ぶことになった。スターリンの死後、ユリは卒業制作として、労働者の実情を捉えたドキュメンタリー映画を完成させたものの、反-社会主義リアリズム的な内容から、再編集を命じられた。そしてユリは⽗がすでに死去したことを知らされる。
大量虐殺の次に起きたのは歴史の抹殺だ 1941年6月、独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻したナチス・ドイツ軍。占領下のウクライナ各地に傀儡政権をつくりながら支配地域を拡大し、9月19日につ…
>>続きを読む1952年に北朝鮮から8人の若者がモスクワ国立映画大学に留学した。だが、彼らは北朝鮮に帰らず、当時の金日成首相を批判して、エリートとしての約束された将来を捨てて、1958年にソ連に亡命し、…
>>続きを読む(c) National Film Institute Hungary - Film Archive