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⽇記 愛する⼈たちへの作品紹介

⽇記 愛する⼈たちへのあらすじ

マグダの元を離れたユリは、織物⼯場で働いている。映画監督を志すユリは、モスクワの⼤学で映画制作を学ぶことになった。スターリンの死後、ユリは卒業制作として、労働者の実情を捉えたドキュメンタリー映画を完成させたものの、反-社会主義リアリズム的な内容から、再編集を命じられた。そしてユリは⽗がすでに死去したことを知らされる。

⽇記 愛する⼈たちへの監督

メーサーロシュ・マールタ

原題
Napló szerelmeimnek/Diary for My Lovers
製作年
1987年
製作国・地域
ハンガリー
上映時間
132分
ジャンル
ドラマ

『⽇記 愛する⼈たちへ』に投稿された感想・評価

メーサーロシュ・マールタ監督の作品は初鑑賞、それも時間が合わなくて3部作の2作目からの鑑賞となったがそれでも見ておいてよかった

スターリン時代の後期からハンガリー動乱が勃発するあたりまでの間にハンガリーとモスクワを行き来しながら生きた10代後半から20代前半くらいまでの女性の人生ドラマ

多感な年代に父親を投獄され自らも自由を抑圧されながら懸命に力強く生きようとするヒロイン
クローズアップが多いその表情、特に目力の強いこと強いこと!
今回は無理っぽいがどこかで機会があれば是非1部も3部も見てみたい
ハンガリーの女性監督メーサーロシュ・マールタによる自伝的連作「日記」三部作の第2部。
監督の義理の息子ヤンチョー・ニカが撮影を担当。
ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞。
原題:Napló szerelmeimnek
(1987、2時間12分)
7.2.1シアターキノにて2 K レストア版を鑑賞(「メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章」)

養母マグダのもとを離れ織物工場に勤めるユリは、映画監督を志してモスクワの全ロシア国立映画大学で映画制作を学び始める。
卒業制作として労働者の実情をとらえたドキュメンタリー映画を完成させるが、反社会主義リアリズム的な内容とみなされ再編集を命じらる。
そんな中、裁判所で父の名誉回復がなされる…。

物語は「メーサロシュ・ラースローの有罪を撤回し、その名誉を回復する。1956年ソ連最高裁判所」のクレジットから始まり、過去に遡る。

~登場人物~
1️⃣主人公ユリと家族
・〈 主人公〉ユリ(ツィンコーツィ・ジュジャ)
・亡父(ヤン・ノヴィツキ)
・亡母、イルディ(バーンシャーギ・イルディコー)
・祖父、デジュー(ホゾナイ・パール)
・祖母(セメシュ・マリ:

2️⃣・マグダ(アンナ・ホロニー):党の幹部。刑務所長(秘密警察)。

3️⃣亡き父にそっくりの男
・ヤーノシュ(ヤン・ノヴィツキ):父とマグダの知人。改革派(チトー主義者)
・再婚相手、イルディ(バーンシャーギ・イルディコー)
・息子、アンドラーシュ(トートゥ・タマーシュ):車イス。

4️⃣学校
・有名女優兼教師、アンナ・パヴローヴナ(イリーナ・コウベルスカヤ)
・学生、ナターシャ(コヴァナュ・アデール):女優志望。体制派。
・エルジ(クートヴェルジ・エルジェーヴェトゥ):工員→農民
・ニコラーエヴィッチ教授(イエジー・ヴィンチツキ):密告者。
・ヴェラ(トゥルーチク・マリ)

①メーサーロシュ・マールタが自己の半生をドキュメンタリー風に綴った三部作の第二部。
描かれるは、1953年の義母の家からの脱出&モスクワ留学から56年のハンガリー事件前夜まで
・学課交換(経済学→映画)
・尋問
・集団農場「葡萄を辞めて綿花なんて」
・義母との確執と父母への思慕。
・父に似たヤーノシュへの恋心。
・ヤーノシュの解放。
・父の名誉回復を知り、故郷に戻ろとするが、帰国は許されない。

「マグダは両親を忘れさせたがっている。…
ユリが正しい。私も死んだ妻と子を決して忘れない。」

「これは映画で本当は死んではいないの。別の作品で他の誰かを演じてる。」

「ソ連から呼び寄せた私には同士への責任がある。」


「スターリンが死んでも、党は顕在よ。」

「ハンガリーに返して!」

~参考までに、監督の個人史とハンガリーの歴史を付す~

〈メーサローシュ・マールタ: Mészáros Márta
(1931.9.19 -)について〉
・1931年、ハンガリーの首都ブダペストに生まれる。
・1936年にコミュニスト(共産主義者)の両親と共にソ連のキルギス共和国に移住(幼少期の11年間を過ごす)。
・2年後の1938年、彫刻家の父ラースロー・メサーロス(1905.9.18~.1945.9.5)がスターリン政権下で不当逮捕(45年により処刑されるが、その事実は伏せられる。彼女が父を最後に見たのは6歳の時)。
・1942年、母が出産時に亡くなる(腸チフスとも)。
・孤児となったメサーロスはソ連在住のハンガリー人(女性)に養子として引き取られて育ち、学校に通う。
・終戦後の1946年、養母の介添えでハンガリーに帰国。
・1954年、モスクワに行き現在のSAゲラシモフ全ロシア映画大学で映画制作を学ぶ(仮入学扱い)。
・1956年、ソ連最高裁判所による父親の有罪判決撤回(父親の名誉回復)。
・1956年に卒業後、ブダペストに戻る。短編ドキュメンタリーを撮影。
・1958年、映画監督のヤンチヤョー・ミクローシュ監督と再婚(~68年)。
・1968年、長編第1作「エルジ」を発表。

〈ハンガリーの歴史〉
①第一次世界大戦後
・第一次世界大戦(1914~1918)後、敗戦によりオーストリア・ハンガリー帝国が解体。
・翌1919年、ハンガリーでは、共産党が実権を握り、ハンガリー評議会共和国(ハンガリー・ソビエト共和国)を宣言。
・ロシアでは1917年3月、二月革命でロマノフ王朝が崩壊。ニコライ2世とその家族は射殺される。11月の十月革命でボルシェビキが権力を握った後、1922年、レーニン(1870.4.22 – 1924.1.21)により史上初の社会主義国家(ソビエト社会主義共和国連邦/ソ連)が樹立。
・レーニンの仕死後、スターリン(1878.12.6- 1953.3.5)が実権を握る。

②第二次世界大戦直後
・ハンガリーは日独伊三国同盟に加盟し、第二次世界大戦(1939~1945)では枢軸国の一員として参戦。
ハンガリーからも多くの反体制派がソ連に亡命していたが、38年頃からのスターリンにより「大粛清」で多くの人が処刑される)
・敗戦濃厚になったハンガリーは連合国と単独講和を探るが、裏切り行為と見たヒトラー(ドイツ)は、ハンガリーを占領。
・1945年、ハンガリー全土がソ連軍によって解放される。
((戦後、ハンガリーなど東欧諸国はソ連の「衛星国」となり、ソ連による東欧政策に翻弄されていく)
③第二次世界終結~スターリンの死まで
・1947年、トルーマン・ドクトリン(アメリカによる共産圏な封じ込め政策)に端を発する冷戦で、ソ連の対東欧政策が硬化。
・ハンガリーは、ハンガリー労働者党(共産党)による一党独裁体制。
指導者はラーコシ・マーチャーシュ( Rákosi Mátyás, 
 1892.3.14 - 1971.2.5)
・一方、隣国ユーゴスラビアでは、首相チトーの元、ソ連とは異なる社会主義路線が進む。ソ連はユーゴをコミンフォルム(コミンテルン)から除名し、対立。
・ハンガリーのラーコシ・マーチャーシュ首相はスターリンを模範とした粛清を行う。→1948年、ライク・ラースロー( Rajk László, 1909.5.8 - 
1949.10.15)外相らが、チトー主義者だとする偽りの告発を受け、見せしめ裁判「ラースロー裁判」により逮捕、投獄、死刑に処されれる。
→ラースローは配偶者の尽力で名誉回復し、56年に公開埋葬される。
・ソ連では、スタハーノフ運動(五ヵ年計画による生産性向上運動)、1948年の「ジダーノフ批判」(文化・芸術統制)でスターリンの意思に沿わない反社会主義の作家が糾弾される。
・ハンガリーでもスタハーノフ運動と集団農業が推進される。

③スターリンの死と雪どけ。ナジ・イムレの首相就任
・1953年3月、ソ連のスターリンが死去。
・53年6月、ハンガリーでは改革派のナジ・イムレ(Nagy Imre: 1896.6.7 - 1958.6.16)が首相に就任。
・56年2月、ソ連のフレシチョフがスターリン批判を行う。これにより雪どけが進む。
・56年6月20日、フレシチョフがユーゴを訪れ、反チトー主義を撤回。モスクワで共同宣言に署名。

④ナジ・イムレの失脚とハンガリー事件、ヤーノシュの首相就任。
・1955年、ナジ・イムレが党内のスターリン主義者の抵抗で失脚。
→ナジ・イムレは避難したユーゴスラビア大使館から偽情報で誘きだされてソ連軍に拘束され、1956.6.16、KGBによる秘密裁判で絞首刑に処されるが、事実は伏せられる。
・1956年10月23~24日、ブダベシュトの学生がナジ・イムレの再任、ソ連軍の撤退、改革を要求。デモに市民も参加。
・1956年10月 24日、ナジ・イムレの首相再任が決まり、カーダール・ヤーノシュ( Kádár János,  1912.5.26 - 1989.7.6)が党書記長に就任。
・1956年10月24日、ソ連軍がブダベシュトに侵入(一次介入)→10.30撤退。
・56年11月4日、ソ連軍が再侵入(二次介入)し、激しい銃撃戦の末、11月10日、ブダベシュトはソ連軍に鎮圧される。
(かつては「ハンガリー動乱」と呼ばれたが、今では「ハンガリー革命」または「ハンガリー事件」と呼ぶ)
・国外に出たカンダールはソ連軍の支援を得て新政府を樹立。帰国し、実権を握る。

⑤1980年代末
・ソ連では共和国の分離独立・運動が盛んになる。ゴルバチョフによるグラスノスチ(情報公開)とペレストロイカ(民主化)が進む。
・1989年、ハンガリーではカンダールが退陣。憲法の改正が行われる。
・1989年6月16日、ナジ・イムレの名誉回復と再葬儀が実施される。
Juzo
5.0
メーサーロシュ・マールタが自身の半生を基に紡ぐ「日記三部作」の第二作目。
少女ユリが成長し、モスクワの映画大学で学びながら大人の世界へ踏み出していく姿を描く本作は、前作の戦後の喪失と戦う少女から一転して、
「創作」「友情」「政治」そして「愛」 を同時に学んでいく青春期の揺れが中心にある。
ユリは映画を学ぶ中で、自分が何を信じ、何を語り、どんな世界に立つのかを常に突きつけられる。
同級生との思想の相違、体制側の価値観への疑念、恋や友情の揺らぎ。
これらが彼女の内部で絡み合い、世界を俯瞰できるようになっていく過程は、
監督自身が女性映画作家として立ち上がる瞬間の寓話 として読み取れる。
政治プロパガンダの匂いが漂う講義室や合宿、映画演習の場面には、
社会主義体制特有の「正しさの強制」が横たわっており、
ユリが感じてきた喪失やトラウマと衝突する。
しかしそこで政治を声高には語らない。
あくまでユリの視線。
その沈黙、不安、直感、戸惑いのすべて に観客を寄り添わせる。
冒頭の森のシーンや記憶の断片が挿入される構造は、
自分の人生を自分で編集していくというモチーフを強く印象づけ、
彼女の映画が単なる自伝ではなく、
「記憶と自己形成の映画」 であることを示している。
本作は三部作の中ではやや柔らかく、ユリの青春譚として観られるが、
同時に、
「どんな社会であっても、自由を求める精神は必ず芽生える」
という静かで強い信念が、最も美しく形を成した作品でもある。

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