DAU. 退行の作品情報・感想・評価

「DAU. 退行」に投稿された感想・評価

じん

じんの感想・評価

4.2
すごすぎた。369分の威力、半端ではない。
もう少し歴史的、社会学的知識がないと正当に評価できないだろう。

前作『DAU.ナターシャ』は今作に比べると見やすかった(それでも2時間半だったけど)。
特定の人物の心理現象にメインフォーカスを宛てていたので、ソ連全体主義は彼らにとっての第三のファクターとして背景にあるだけだった。

一方今作『DAU.退行』は登場人物が多い。全編を通してフル登場するキャラクターが多数。
キャラクター達のミニマムな事象を取り上げるだけに留まらず、それを繋ぎ合わせることで1968年のソ連の社会主義体制とその決定的欠陥を、説得力のある的確な流れに沿って描いている。
科学を押し進めるためのソ連全体主義がいかに科学的発展と対極にあったか、崩壊への道標が分かるようになっている。
この映画の主役はソ連全体主義そのものだ。

何も起きないような時間が5時間半くらい続き、普通つまらなかったら絶対寝てしまうところだが、社会主義国の学者の議論や哲学を語るシーンが意外と面白くて観れてしまう。
1968年のソ連といえばフルシチョフが失脚した数年後であり、スターリン批判は完全に一般思想となっているため、平和共存路線の国家が敷かれている。そのため若者も派手な服装やマッシュルームヘアなど、アメリカの文化をかなり気に入っている様子で興味深い。劇中の若者がアニマルズの“the house of the rising sun”のレコードをかけているから驚いた。
そうこう面白がって観ていたら、意外としっかりソ連全体主義の「退行」への流れが完成されている構成。この5時間半、ちゃんと流れがあったのね。

そして怒涛のクライマックス。
約5時間半に及ぶ鬱陶しいほど国家の圧迫感を見せつけられた後、この映画の強烈な批評的姿勢を浴びる。唖然せずにいられない。
NUZOO

NUZOOの感想・評価

4.0
この映画を正当に評価できる知識を持ち合わせてなくて途中ずっと困惑してたけど、観終わってみれば面白かった。

60年代末からのモスクワの研究所で起こる堕落と粛正のせめぎ合いのドラマ。
ありえない規模で作られた映画という前評判どおり、建築、美術、衣装などディティールの作り込みはちゃちさが一切ない。その上で淡々と延々とどうでもいいような人間模様が映される。
演技も自然だし、手持ちカメラを動かしながら淡々と撮るのでドキュメンタリーのような臨場感があった。

そんな4〜5時間を猛烈な眠気と過ごしたあとでも、観てて気持ち悪くなったほどおぞましいクライマックスの9章で一気に盛り上がる。
肉体的に充実した若い男たち特有の暴力的なノリが画面に満ちていてきつかったし、あの空気の再現度が非常に高い。女たちが反論する中、大人の男たちが抵抗できず何も言わずにそれを見てる構図もまた虚しい。

目を背けたくなるくらいきつい映画だったけどその場面が一番映画としては面白かった。
K

Kの感想・評価

-
もう情報量多くて全然捌けないし
わかんないことばっかりなんだけど・・・

人が集まって思想とか場所とかの
制限があると少なからず狂うんだろなと


情報は共有する方が成長する
みたいな話がおもろかった
ぶちこ

ぶちこの感想・評価

3.9
他愛もないシーンが多い気がするのに6時間でも全然足りない。完全に入り込んでました。
しばらく思い出しては考え直す。見終わった後の感覚としては、意外にもシンプルな構図や見立てで全体が組み立てられたなということ。序盤から共産主義と宗教の重なりから始まりロシア宇宙主義的なモチーフが散りばめられる。最後もソ連崩壊を再演する形で全てがあっという間に瓦礫になっていく。
おそらく重要なことは全く画面が代わり映えしないこと。10章構成で分けられたそれぞれのパートも、たくさんの人間が入れ替わり立ち替わり登場退場を繰り返すにもかかわらず、またこれかというような反復と退屈と疲弊に襲われ続ける。刹那的な飲み会の享楽、長官室での尋問と誓約書の執筆、エロスのかけらもないセックスシーン、グラスが床に叩きつけられて破片が飛び散る、換気扇が鳴っている音。
閉塞的で全てが人間関係の網目の中にあり、そこで自分は決められたある一つの身振りしか取れない。生活の外部はどこにあるのか。死体を核融合の放射によって大気圏外に転送する、という荒唐無稽なアイデアが途中科学者の口から漏らされるが、生活の外部を求めること自体幻想なのかもしれない。恐ろしい映画だ。
オーディション人数39万人,衣装4万着,セット1万2千平米,主要キャスト400人,エキストラ1万人,撮影期間40ヶ月,35mmフィルムフッテージ700時間,制作年数15年,史上最も狂った映画

このシリーズのこの謳い文句だけで思わず
見たい!!ってなっちゃう
観終わったーーーー

疲れたーーー

娯楽性はもちろんドラマ性も皆無
ひたすら坦々と描かれる退行していく施設内の様子と様々な哲学的な会話の数々

そして行き着いた果てが優生思想なのがある意味最近までの日本とも通じている

バイトをする以上に疲れたが
でも観る価値はあった

映画の出来を評価するのではなくて、この映画の存在そのものを評価しての点数であり、劇映画というよりは実験映画に近い

観れば一生頭の中に残る事は間違いない
 ついに観てしまった。6時間も鑑賞した自分を褒めてやりたいです。一昨年か、劇場で『地獄の黙示録』を観た時を超えた、体力と精神力を費やす作品です。
 前作『DAUナターシャ』を”実録ソビエト社会主義24時”と表現しました。今作は“所長はつらいよ。アジッポ編”という感じです。前作で出てきたKGB役のアジッポさん(本物の元KGB)が今度は研究所の所長になります。腐り切った研究所にソビエト全体主義の魂を注入していきます。しかし、昔のような手は使えないからあの手この手を尽くします。アジッポが迎える運命とは。。。
 因みに、今作が劇場公開されているのは日本だけです。さらに、アジッポさんは心臓発作ですでに他界されています。色々と怖い。

○概要
 制作そのものが映画のような気がします。または『007シリーズ』に出てきそうな、密かにソビエト全体主義を復活させようとする組織。1930ー60年代のソビエトを再現したセットで、俳優やエキストラは2年くらい生活していたそうです。研究したり、働いたり、結婚、出産までしたそうです。もちろん、服装や装飾は当時を再現、言語まで再現した模様です。
 基本的に撮影は手持ちカメラ。隠しカメラは一切使わなかったようです。この壮大な『DAUプロジェクト』が映し出すものとは。
 今作は1968年が舞台。キューバ危機も終わり、ソビエト全体主義の影響力は衰退しつつあった。残念な研究所の様子から今作は始まります。

○アジッポは辛いよ
・よくわからない研究がされています。チンパンジーをガラス張りのケースに入れて、隣に同じようなケースがあり、女性がひたすらチンパンジーの真似をする。チンパンジーは鏡があると錯覚するそうです。よく分かりません。
・絶対に参加したくない飲み会が繰り広げられる。毎晩酒に入り浸り、食器やグラスを割りまくる。おじさんがキスし合って脱ぎ合ったり、私は参加したくありません。
・前所長は秘書と色々やってるしー。
アジッポは辛いよ。

○アジッポ所長誕生
 開始2時間半くらいでアジッポ所長が誕生します。ここから全体主義の魂注入です。
・研究は超人を作る事にします。若者の脳をいじって超人にします。
・ナヨナヨした若者は退場させます。尋問シーン最高です。
・腐り切った酔っ払いは退場させます。直接アジッポが引導をわたします。
・研究所の最終局面は、、、

 途中、豚さんが死にます。本当に辛いシーンです。私は吐き気がしました。どうにか耐えました。鑑賞には覚悟が要ります。これは劇場で観ないといけない作品です。是非、劇場でご鑑賞ください。

【2022年-4本目】
ココス

ココスの感想・評価

4.6
DAUナターシャよりも物語がどんどん進んでいくので内容はわかりやすいし、音声が割れてしまってる箇所もないのでこっちの方が上映時間を除けばかなりおすすめしやすい。フィルムに狂気が染み付いてる感がすごい
ヨミ

ヨミの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

6時間の果ては不快に満ちた地獄でした。
ここまで映画に攻撃されたと感じたのは初めての経験だった。「観客に襲い掛かる映画」としては、『アンダルシアの犬』(1929)が有名ではあるが、怖くて観ていないので……。
映画を観てダメージを明確に受けたのは『ゲティ家の身代金』(2017)の耳切断シーンだった。映画館で視界が真っ白になり動悸が激しく、数分記憶が飛んだのを覚えている。
最初は柳下毅一郎が2021の1本として取り上げていたことと、「6時間の映画観たって話のネタになるだろ」という動機だった。『サタンタンゴ』(1994 こちらは7時間越え)を逃したっていう負い目もあったし。そもそも、「ソ連を再現して、数年間、ひとを住まわせた状態で映画を撮影する」ってのも意味不明で狂気に満ち満ちている。

前半はダメな大人たちが享楽(だいたい酒とタバコと音楽とセックス)に耽り、責任者交代によって軽い粛清が始まるようになる。ここは前作『ナターシャ』と同じく、全員の情緒がヤバい。前作鑑賞時は本当に意味不明だったが、高橋ヨシキ『ニュー・シネマ・インフェルノ』での前作評(館内に掲示されていた)を読んだらなんとなくわかった。心身ともに自由を取り上げられた人間は本当に限界を迎えるのだ。絶え間ないストレスに晒されながら、解消しようと享楽に溺れて、そして笑って怒り、泣き喚く。それしか残されていない。

今作では更に監視は強まり、そして問題の「マチスモ塗れの白人至上・差別主義者かつ優生思想のいじめっ子体育会系」が出てくると地獄の様相が顕著となる。
地獄からの同居人として食卓を荒らし、あらゆるものを侵犯していく。それこそ、私有財産制を嘲笑うかのように。そこで立ち上がるのは女たちだけだった。科学者の、壮年の男性たちはじっとうずくまったり、苦虫を噛み潰したような表情で食器を眺める。彼らもホモソ的全体主義下のひとりにすぎない。粗暴で筋肉隆々の白人青年に立ち向かえない。
後半からの差別主義、優生思想全開でひたすらに気分が悪いが、「豚小屋」で不快感がピークに達する。そこからの怒涛のシークエンスは最早ふさわしい成り行きとしか思えなかった。はやくタランティーノを呼んでくれ! こいつらの頭蓋をぶっ飛ばしてくれ!とずっと思っていました……。

「退行」は情報の自由化を果たしたのちのソ連が21世紀に迎えるナショナリズムの台頭だと説明される。そこでは根拠なき愛国心が革命を妨げると危惧される。科学者の予想を裏切り、「退行」は既に始まっていた。所長が「ヒトラー主義にならないか」と言った思想を体現した連中が全てを破壊する。舞台は1968年であるが、その思想はそこから20年以上前のものだ。
そして同時にそれが現在の話をしていることも明白だ。「退行」は始まっている。

異常な世界の異常な精神がある。傍若無人な振る舞いや殺戮があっても、数分後に音楽とともに踊り出したりセックスに興じる、「喉元過ぎれば」の世界。ストレスの過負荷、監視制度、全体主義体制がこれを招くのかと恐ろしくなる。そしてそれを実現した異常な施設。
実際に「ソ連」を再現する必要があったのだろうか。キューブリックが『シャイニング』(1980)で何十回もリテイクを出し、俳優を追い詰めて精神的に窮まった演技を引き出したという逸話(完全にハラスメントだが)は有名だが、その究極系と言える。映画は虚構を記録できるのに、ここまできたらもう虚構ではないよ。
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