【1＋1 ≠２／翻弄される人々】

この結末は衝撃的だが、人間の業と云うより、なぜこのような悲劇が起きたのか、深く考えさせられる。

カナダは多くの難民を受け入れている国だ。

ここに描かれているような中東難民だけではなく、過去にウクライナに居住していてロシア正教やポーランドから過酷な迫害を受けたギリシャ・カトリック（正教とカトリックを融合したような独特なキリスト系宗教）を信仰している人々が200万人ほどいるとされている。

原作者のワジディ・ムアワッドはフランスを経由してカナダに渡ったレバノン難民だ。

そして、こうした国に育ったからこそ、ドゥニ・ヴィルヌーヴは、この作品を撮ろうと考えるようになったのではないのか。

「ブレードランナー2049」にしろ「DUNE」にしろ、迫害や争いに翻弄される出生のマイノリティが主人公や登場人物だったりする。

レバノンは、第二次世界大戦後にフランス統治から独立した後は、キリスト教系の人々が非常に多かったことで自由経済を選択し、観光事業にも力を入れて、首都のベイルートは中東のパリと称される時代もあった。
映画にも映される斜面に建ち並ぶ白い建物の街並みは非常に美しく、内戦が起こっているとは思えないほどだ。
ただ、こうした平穏な時代は、イスラエル建国による影響であっけなく終わってしまう。
パレスチナ難民が多く流入し、パレスチナ解放戦線（PLO）が拠点を置いたこと、ミュンヘン・オリンピックの選手村のイスラエル選手に対するテロを理由にイスラエルがレバノン南部のアラブ・ゲリラを攻撃、シリアの介入、そして、レバノンに長く根付くキリスト教マロン派とイスラム教徒の対立が沸点に達し、1970年代半ばにはレバノン内戦に突入することになる。
これを知らないことには、この物語を理解するのはなかなか難しい。

更に、背景として、宗教を問わず、レバノンには父権主義的家父長制を伝統としてきた典型的な家族制度とがあることは、内戦に加えて、理解しておいた方が良いように思う。

つまり、宗教対立だけでは語れないものがあるのだと云うことだ。

一体誰を恨めば良いのか。
宗教なのか、家族制度なのか、社会制度なのか、国際問題なのか、それとも人なのか。

人は変わらないのに周りは急激に変わってしまう。

誰が誰かも確認すら出来ない。

結末は過酷だ。

フィクションだからと、客観ぶらないで、こんなことがフィクションでも容易に想像出来てしまう国が世界には実際あるのだということを、どうか忘れないで欲しい。

2022年210作目(劇場69作目)

映画館で観れて良かった作品。

ドゥニヴィルヌーヴ監督はDUNE以外、
監督＋脚本の作品を観たことがなく
かなり期待していましたが、
映像もストーリーも見応えがありました。

物語としては淡々と進みながらも、
主人公の心に見える正にタイトルのような
幾つもの愛が織りなす灼熱の魂。

その静かに、
でも焼け付く様なこの映画の全てが、
物語に何とも言えぬ重みを与えつつ
観る人が終盤で突き付けられる、
衝撃を計り知れぬものにしています。

楽しむは語弊があるかもしれませんが、
宗教、戦争、愛、サスペンスと、
様々な切り口で引き込んでくるので
最後まで興味深く観ることが出来ました。

気になる方はぜひ。

一生分の映画を観た気分