【居場所】

静かで多くの人の心に寄り添うような良い作品だと思う。

それに映画「コロンバス」を思い出した。確かこれもイメージフォーラムで初めに上映されたような気がする。

デザイナー住宅が整然と立ち並ぶ高級住宅街で暮らすのは、本当に居心地が良いのだろうか、周りには必ずしもそんな住宅で暮らしていない人もいて、そんな人は本当のところはどんな風に感じているのだろうか、見た目から受ける印象と、実際は違う人もいることだし……など様々なことを考えたことを思い出した。

僕は、この手の作品がなぜか大好きだ。

「ア・ヒューマン・ポジション」とは何だろうか。

ノルウェーも含めて北欧はデザイナーズ・チェア大国だ。
正確にはデザイナーズ家具大国だが、特に椅子へのこだわりは大きいように思う。

この作品の面白さは、椅子に、自らの価値観に向き合い変化する自分の気持ちや立ち位置をかけているところではないかと思う。

大事にされてきた椅子もへたったり、汚れたりするし、他に座り心地の良い椅子があればそちらを求めたくなることもある。
それは、年齢や何かをきっかけに体型が変わることによってそうなるのかもしれない。

強制送還された難民につい調べるうちに湧き上がってくる様々な疑問。

これまで気にもとめていなかったパートナーの心の奥底ににあるであろう意識への興味。

自分に合った椅子を求めるように、自分自身に向き合い、心の中でその居場所を探し求めているのかもしれない。

アスタの思索を回らしている表情が何とも可愛らしく感じる。

若者とはそうしたものだ。
そして、多くの人がそうなのだと思う。

決して堅っ苦しい作品ではなく、椅子の型式69という番号についての笑える女子トークもある。大概、こんな場面で声をあげて出して笑っているのが僕ひとりだったりするのはちょっと恥ずかしい。

とても素敵な作品だと思う。

　最初はあまりにもシンプルに削ぎ落された絵画的な構図に呆気に取られた。『パーフェクト・デイズ』やバス・ドゥヴォスの『Here』どころの騒ぎではない。これは78分北欧のスロー・ライフが描かれるのではないかと不安に思った矢先、ゆっくりと物語は動き始める。ノルウェー、夏。パステルカラーに包まれた静かな港町。休職中だった新聞社に勤めるアスタ（アマリエ・イプセン・ジェンセン）は、地元のホッケーチームやアールヌーボー建築を保存するための小さなデモ、クルーズ船の景気など、地元の人々を取材し、記事にしている。アスタを支えるルームメイトで、ガールフレンドのライヴ（マリア・アグマロ）は、デザインチェアを修復し、キーボードを演奏して作曲をする。ふたりは子猫が歩き回る家で、料理を作ったり、古い映画を観たり、ボードゲームで遊んだりして、穏やかに過ごしている。ある日、10年間ノルウェーで暮らし、働いてきた難民のアスランが強制送還されたという記事を見たアスタは、その事件を調べていくうち、自身を覆っていた無気力感を払拭し、仕事とプライベートの両方で自分が求める「心の居場所」を見つけていく。

　SNSの電磁波が飛び交う先進国の都市では、誰もが心の平穏（拠り所）を探している。アスタも最初は浮かない表情をしているし、言うたら復職しても彼女の心は一向に晴れない。好きなことを仕事にして、パートナーと同棲までして、いったいあなたは何が不幸せなのかと言われそうだが、それでも現代的なナイーブな若者ならば、少しの情報で心が荒んで行く。それは見えない将来への不安ではなく、国を動かす政治的な動きが私たちを幸せにしてくれないのではという見えない不安に起因する。おそらく先進国の不安の種はその辺りにあるはずだ。この国（ノルウェー）の誇れるものは何かとパートナーに問い掛ける主人公アスタの言動が印象的だ。働いても働いても、真実を正そうと努力したとて見えない何かに阻まれる。行ったことはないが、ノルウェーという国は街を歩いても我が国日本とはデザインの芸術性やミニマルな静謐さが何もかも違うという。友人によれば、ある意味究極的な引き算が行われている国らしく、究極に福祉的な国は、何かを間引こうと必死な国の様です（友人談）。とにかく1つ1つのショットに登場する背景や小物がいちいち素晴らしく、ある種『ナミビアの砂漠』の極北に位置しながら、切実なヒロインの姿はどこか『ナミビアの砂漠』とも相通じる。小津安二郎の『お茶漬けの味』には驚いた。

誰もが好む作品ではないかもしれない。スローシネマとはこういう作品のことを言うのだろうか？時計が止まったかのような動かないショットを見詰めていると、ふと人影が現れる。坂の上から眺める港町、窓越しの新緑、カラフルなアパートが並ぶ街角、じっと外を見つめる猫の姿、疲れた心を癒してくれるような静かな映像が心地良かった。

監督は本作が長編2作目となるノルウェーのアンダース・エンブレム。「ノルウェーで最も美しい街」と称される監督の故郷オーレスンの港町が舞台。世界遺産に登録されているフィヨルドに囲まれ、色鮮やかな建物が並ぶ絵画のような美しい街。1904年に火災で街の大半が焼失し、その後アールヌーボー様式の建物で再建された。

その街に住む主人公のアスタは新聞社に勤め、地元の人々を取材し記事にしている。彼女と一緒に暮らすガールフレンドのライヴは、デザインチェアを修繕し、キーボードを演奏したり作曲したりしている。2人は穏やかな日常を過ごしているが、何だか生活に喪失感を抱いているようなアスタの表情が気になる。アスタは柔道着、ライヴは浴衣を着て、お箸でご飯を食べている。囲碁を打ち、2人が観ている映画は、小津安二郎の「お茶漬けの味」。かなりの日本かぶれ。アンダース・エンブレム監督の親日感情、小津監督への敬愛を強く感じる。

ある日、長年工場で働いていた難民が強制送還されたという記事をアスタは目にする。世界で最も裕福な国と言われるノルウェーにも、難民問題は微妙。その事件を調べていくにつれ、彼女自身不安定だった心を見つめ直し、仕事とプライベートの両方で自分が求める心の居場所を見いだして行く。

配信で観ていたら、そのままお昼寝をしてしまいそうな心安らぐ癒し系作品。こんな所に住んでみたいと思う街をまたひとつ見つけた。