
1948年4月3日、外国勢力による干渉に反発した済州島の一部島民が武装蜂起したことに端を発した「済州島四・三事件」。同年10月から政府が海岸線から5キロ以上離れた地域を「敵性区域」とみなし、“出入りする者は無条件に射殺する”という布告文を発令。村民たちは難を逃れるため、漢拏山ハルラサンを目指す。一時的に村を出ることになったアジンは、村に残した6歳の娘ヘセンのことが心配でたまらない。その頃、村では韓国軍が老人たちを容赦なく射殺していた。生き残ったヘセンは、母を捜してひとり山へと向かう。奇跡的に再会した母と娘は、生き延びるため命がけの逃避行を始める――
1948年10月、「海岸線5kmより内陸にいる人間を暴徒と見なし、無条件で射殺せよ」。突然、韓国軍から発表された布告文に島民たちは恐怖で右往左往する。噂に翻弄されて、ある者は山に逃げ込み、…
>>続きを読むカンボジア、1975年4月。武装組織クメール・ルージュによるプノンペン制圧のニュースを境に、多くの住民が強制労働のため農村に送られる。一家で農村へ移動する道中、息子ソヴァンと離れ離れになっ…
>>続きを読む1980 年5 月17 日。チョルスの祖父は念願だった中国料理の店をオープンさせる。父親はどういうわけか家にいないけれど、チョルスの大好きな幼馴染のヨンヒや優しい町の人たちに祝福されて、チ…
>>続きを読む日本で唯一の地上戦が行われた沖縄。その凄惨な戦闘をほとんどの日本人が知ることなく、77年の年月が経とうとしている。本土への疎開のため多くの子供達が乗った対馬丸がアメリカの潜水艦によって撃沈…
>>続きを読む『木浦は港だ』(2004)、『第7鉱区』(2011)のキム・ジフン監督が、韓国近代史最大のタブーとされてきた“光州事件”を韓国映画史上初めて真正面から扱い、2007年に発表した衝撃の感動作…
>>続きを読む大阪・生野区生まれ、在日コリアンのオモニ(母)。2009年にアボジ(父)が亡くなってからは大阪でずっと一人暮らしだ。ある夏の日、朝から台所に立ったオモニは、高麗人参とたっぷりのニンニクを詰…
>>続きを読むすでに日本の敗色濃厚だった1945年1月31日、一人の男が沖縄の地を踏んだ。戦中最後の沖縄県知事となった島田叡(しまだ・あきら)である。 沖縄戦を生き延びた住民とその遺族への取材を通じ、こ…
>>続きを読む1979 年 10 月 26 日、独裁者とも言われた大韓民国大統領が、自らの側近に暗殺された。国中に衝撃が走るとともに、民主化を期待する国民の声は日に日に高まってゆく。しかし、暗殺事件の合…
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