
暗号名・カルロスを名乗るイリッチ・ラミレス・サンチェス。革命を夢見る彼は、さまざまな襲撃事件の支援や実行を経て評判を上げていった。そして1975年、同志と共に行ったウィーンのOPEC本部襲撃によって、カルロスは世界的に知られるようになる。
1978年3月のある朝、戦後30年間にわたってイタリアの政権を握ってきたキリスト教民主党の党首であり、5度の首相経験のあるアルド・モーロが、極左武装グループ「赤い旅団」に襲撃、誘拐されてし…
>>続きを読む意志と表象としての世界―。彼らも、我々も、もはや何も理解できない。理解しようとはしない。暴力で構成された社会に曝され、支配され、共感し、欲望し、絶望する。怒りと悲しみとおかしみが横溢するこ…
>>続きを読む1955年7月、メキシコ。持病の喘息を抱えながらもラテン・アメリカの貧しい人々を救いたいと旅を続けるゲバラは、独裁政権に苦しむ祖国キューバの革命を志すフィデル・カストロと出会う。わずか82…
>>続きを読む1980年。武装したテロリストらが駐英イラン大使館を占拠した。緊迫が高まる中、立てこもり6日目を迎え、ついに英陸軍特殊部隊SASが突入作戦を決行する。
1950年代末から60年代のフランス映画界で革新的な映画運動、「ヌーヴェル・ヴァーグ」を先導し、常に独自のスタイルを開拓・探究しながら最前線を駆け抜けたシネマの巨人にして鬼才、ジャン=リュ…
>>続きを読むキューバ革命後の1965年、チェ・ゲバラはキューバでの地位を捨てて突然消息を絶つ。翌年、変装した姿で家族の元を訪れ、束の間の団らんを楽しんだチェはボリビアに入国。バリエントス大統領による独…
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