ノルウェー・オスロ、3000万クローネの大豪邸に住むロジャー・ブラウン(アクセル・ヘニー)はキング・サイズのベッドから目覚める。上半身裸、トランクス一丁の男は2つのカップにカフェラテを注ぎ、シャワー・ルームへと歩いて行く。そこにいたのは長身の妻ダイアナ・ブラウン(シヌーヴ・マコディ・ルンド)。2人は視線を交わすと濃厚なキスを楽しむ。モデルのような抜群のプロポーションと高身長を誇るダイアナに対し、ロジャーの身長は168cmで妻よりだいぶ見劣りする。コンプレックスの塊のような男は昼間は優秀なヘッドハンターとしての仕事を抱えながら、夜はイリーガルな仕事に手を染め、ダイアナの心を惹きつけておくためにプレゼントを渡していた。車庫から車を出し、2人仲良く乗り込んだ妻は隣の家の子供の姿に目を丸くするが、ロジャーの表情は浮かない。結婚して7年、未だに子供を作ろうとしないロジャーの煮え切らない態度に妻は苛立っている。ヘッドハンターをする夫、画廊を経営する妻の順風満帆に見える夫婦生活。妻が催す周年パーティの席、元HOTE社でGPS機能の研究をしていたオランダから来たクラス・グリーヴ(ニコライ・コスター=ワルドー)と出会い、ロジャーは金脈を見つけた気でいるがその夜、クラスがルーベンスの絵を持っているという妻の言葉に夫は喜びを隠さない。
前半30分の展開は怪盗ルパンのような鮮やかな手口の犯罪映画を思わせる。警備員で、ギャラの20%を取る相棒のオーヴェ(アイヴィン・サンデル)とその恋人で女優のナターシャの描写など、緊迫感を緩和する脇役のファニーな描写は往年のヌーヴェルヴァーグ作品を彷彿とさせる。闇稼業から足を洗おうと考える主人公が、これが最後と踏み込んだ盗みの現場でとんでもない事態に巻き込まれる展開は、正調ノワールの型をしっかり踏襲しているのだが、その伏線にロジャー・ブラウンの背が低いというコンプレックスを見事に絡ませ、鮮やかな手口で犯罪に手を染める男の疑念を炙り出し、一転して追われる側に回る展開が実に見事である。あり得ないような鮮やかな手口でGPSを埋め込まれ、衆人環視システムの前で絶体絶命の中逃げる姿は真っ先にマット・デイモンの『ジェイソン・ボーン』シリーズを思い出す。彼は犯罪に手を染める一方で、普段は銃も持たない丸腰で惨めな人間で、華やかなカッコ良さなど持ち合わせていない。チビとイケメン、丸腰と軍隊上がりの元傭兵とを鮮やかに対比させ、真ん中にダイアナを置く見事な脚本、二転三転する展開は問答無用に面白い。エディプス・エレクトラコンプレックスの強い妄執に囚われる男は、まるで『タクシー・ドライバー』のトラヴィスのような深い病を抱えながら、クソまみれと血みどろのバイオレンスを経て、別人のような姿に成り果てながらも必死で良き父になろうとする。風変わりな物語構造ながら、要所要所にヴァイオレンスと軽妙な笑いを施したモルテン・ティルドゥムの鮮やかな手捌きにより、今作は見事、ノルウェー映画史上No.1の記録的ヒットを叩き出す。