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ガタカ1997年製作の映画)

Gattaca

上映日:1998年05月02日

製作国:

上映時間:106分

ジャンル:

4.0

あらすじ

「ガタカ」に投稿された感想・評価

xyuchanx

xyuchanxの感想・評価

4.9
Adenine, Guanine, Cytosine, Thymine

GATTACA、4種類のDNA塩基。

ここで描かれる近未来では、殆どの子供は妊娠時に遺伝子情報が調査され、病気の確率や寿命、知能や身体能力が判断された上、親が望めば矯正されて産まれてくる。主人公の両親は、一人目は”五体満足であれば、自然のままに”と、無矯正で産んだが、後悔し、弟は矯正されて産まれた・・・。

遺伝子操作が当たり前の世界、人間とは何かという哲学的なテーマに挑んでる大好きな作品。イーサン・ホーク、ジュード・ロウ、ユマ・サーマンというキャストもさることながら、アンドリュー・ニコル監督のスタイリッシュかつレトロフューチャーな映像美とマイケル・ナイマンによる静謐な音楽も素晴らしい。

「身体を貸した代わりに、夢をもらった」

SFというより極上のバディムービーなのかも。2人はやり遂げたんだ。そしてジェロームは銀メダルに誇りを持てた。

ラストシーンだけで何度でも泣ける。

追記:
アントンという名を継がせるのを躊躇したように見えた父親がとっさに付けたヴィンセントという名の語源に「克服、征服」という意味があると知って嬉しかった。
産まれてくる子供の性別や瞳の色を選んだり、まるでゲームのキャラクターメイクのよう

これもある種のディストピアだな

スリルもあるけど、ジュードロウとの関係性や周囲の粋な行動など色々感動した
遺伝子や才能よりも可能性の強さを示してくれる作品

こんな世界でなければこの兄弟はもっと仲良く、良い兄弟になれただろうに
彗

彗の感想・評価

3.0

このレビューはネタバレを含みます

最終的にはビンセントは地球より宇宙に自分の居場所を求めたし、アイデンティティをなくした(役目を果たした?)ジェロームは自分を葬り去ることを選んだ。割とシビアな話だと思う。
将来的には国籍や肌の色での差別はなくなって新たな差別が生まれるかもしれない。(アジア系のキャストが目立ったのも印象的)
なんとなく恋愛より友情色が強かった…(ブロマンス?うーん…)結局は遺伝子がどうとかより運やビンセントのように適応できるかを強く求められているように感じた。
あと顔似てないし絶対バレてるだろ(笑)と思いながら見てたぞ
遺伝子差別は違法だがバンバン差別選別されてるじゃん…これ現代でも普通にあるよね。差別がテーマの話じゃないけど結局はエリート至上主義になってないか?最下層の人たちの扱いは何も改善されてない
え、つまんな!
これは名作。面白かった
ジュード・ロウなぜ...?どこか遠くに行けばいいのに...
そこの疑問を除けばなかなかに良かった。デザイナーベビーが科学的には可能になっている現代に立ち塞がっているのは倫理的な壁のみ。本作とは異なりナチュラルが成功するのは困難な時代になり、そうなると差別も生まれて然るべきなのかもしれない。
神の創造物である人体をいじることはどうなのか、人類レベルでやるなら大反対だがもし自分に子供が出来るなら手を加えたい、これがデザイナーベビーの持つ大きな問題である。
ユキ

ユキの感想・評価

3.8
ヒューマンドラマがメインだが20年以上前に描いていた未来がどんなものだったか知れて面白かった。
後半の弟との遠泳のシーンが少し冗長的だと感じたが、適正者と不適正者、また兄弟の決着のために必要だったのだろうか。
ごなす

ごなすの感想・評価

4.2
SF映画の傑作。切なさもあり、希望もある。とても見応えのある作品。
bluesmoke

bluesmokeの感想・評価

4.0
完全性への美しきアンチテーゼ。

たとえば1人の女の子がいたとして、その子は小学校に上がる前から、自分はそれほど綺麗な子にはなれないことを知っている。あの子のほうが綺麗だからという比較の問題ではなく、そもそも自分はその場所にはいない。お人形遊びをするようなときにも、それははっきりと分かる。成り立ちが違うのだという思いが、日々小さな胸に刻まれていく。

少女は、男たちに振り向かれるような体験もまったくないままに、やがて成人を迎える。

もちろん女の価値は、男に振り向かれることにあるわけではない。そんなことくらい言われるまでもなく知っている。だから勉強も頑張ってみたし、自分が輝けそうな場所を探そうとも努めた。けれど頑張ったことなど、誰かが見てくれているわけではない。少なくとも、頑張ったからといってお姫様になれるわけではない。

そうして女になった少女を、仕事の取引先で知り合ったかつての少年は美しいと思う。

その美しさは、ちょっとした仕草のなかに表れている。ものごとに対して1歩距離をおきながらも、関わる際にははっきりとした意思をしめす指先に。誰かに見られるためではなく、自分のために背筋をのばす歩き方に。

男は女に声をかけるかもしれないし、かけないかもしれない。2人は触れ合うことになるかもしれないし、ならないかもしれない。しかしそのことと、女が身につけた美しさとに関係はない。

美しさの定義はさまざまにあるでしょうが、この映画の美しさは、もしすかするとそんなところにあったように思います。不完全性への倒錯した価値観でもなく、Anti(反)を唱えることでもなく、綺麗にはなれないことを知っていたかつての少女が見せる、立ち姿そのものに。



管理社会や選民思想は、SF作品が好んで取り上げるモチーフですが、出来が良いとは言えない(もしくは意図的にB級に仕立てた)作品では、支配層/被支配層との対立として描かれることが多いように思います。いっぽう優れた作品は、必ずそうした二元論的な対立から脱していく。

もちろん『マイノリティ・リポート』(スティーヴン・スピルバーグ監督, 2002年)のように、管理社会の危うさを描いた優れた作品もあるのですが、同作においても、愛と喪失というモチーフを重層的に織り込むことによって、奥行きのある鑑賞感をもたらしてくれます。

本作でもまた、遺伝子による選民社会のなかに置かれた「不適正者」の主人公ヴィンセント(イーサン・ホーク)は、社会構図を対立的に転覆しようとするのではなく、そのなかを懸命に生きていこうとします。

外的な要因による運命があり、それを避けて通れないとき、ひとは宿命として内的に引き受けていく。こうしたプロットは、たとえば『ロッキー』(シルヴェスター・スタローン脚本・主演, 1976年)などにも見られるもので、持たざる者がどのように宿命を生きていくかという普遍的なテーマでもあるのでしょう。

その姿に魅かれる女アイリーン(ユマ・サーマン)は、神の視点から価値を見出す存在であるとともに僕たちの代弁者でもあるでしょうし、「適正者」として生まれながらも夢を断たれたジェローム(ジュード・ロウ)は、単純な二元論的対立では解消しえない要素として、作品に立体感を与えています。

そうしたなかで僕が愛しているのは、ヴィンセントがアイリーンと向かうコンサートシーン。6本指のピアニストによるシューベルトの即興曲作品90-3。5本指では弾けない副旋律が出てくるのですが、それがほんとうに素敵で効果的です。

個性とは、他者より優れた特質を言うのではなく、むしろ他者より劣っている点を避けたり補ったりする中から生まれてくる。

僕やあなたのなかにも、そんな6本目の指がきっとある。それは副旋律だから決して目立つものではないけれど、人が宿命を生きようとするならば、誰にだって必ず鳴らされている美しさなのかもしれません。
keigo

keigoの感想・評価

3.9
ここからマヤホークが生まれたのか
もう離婚してるけど
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