
イラク戦争終結宣言から1年後の、2004年4月。シーア派の拠点カルバラに、平和維持軍として配備されたポーランド 部隊。だが平和とは名ばかりで、現地では反米ゲリラとの泥沼の戦闘が続いていた。カリツキ大尉率いる40名は、カルバラ市庁 舎をイラク軍新兵と共に守る任務に就く。しかし折から過激派民兵組織の反発が高まり、イラク兵たちは次々と逃亡。道路は寸断 され、取り残された部隊はたちまち数倍の民兵に包囲され、激しい銃撃にさらされる。三日三晩不眠不休の戦闘が続き、そして弾 薬も尽きかけた四日目の朝、敵は大規模な攻撃を仕掛けてきた......。
2012年9月11日、リビアのベンガジ。武装した一団が米国領事館を制圧して館内の者たちを襲撃する。領事館付近に待機するCIAの軍事組織・GRSのメンバーは、すぐさま事態を把握。待機命令が下…
>>続きを読むノルマンディー上陸作戦後の1944年8月。南フランス奪還のため、アメリカ軍第517空挺師団がドイツ占領地域に落下傘降下するが、3人の兵士が本隊からはぐれてしまう。彼らは合流地点を目指す道中…
>>続きを読む生きて帰す――。2018年、イエメン南部に駐在しているUAE軍のアリ、ビラル、ヒンダシの3人は帰国が迫るなか通常の任務に就いていた。彼らが乗った装甲車は戦闘地帯の住民へ支援物資を運びながら…
>>続きを読むイスラム系武装組織タリバン発祥の地と言われる、アフガニスタン・カンダハル。至る所に地雷が仕掛けられた危険地帯で”ハイエナ・ロード”と呼ばれる復興道路建設の任務に従事するカナダ軍の兵士たち。…
>>続きを読むバルカン半島、ユーゴスラビア。セルビア人とアルバニア人による内戦は、ロシア、アメリカ、NATO各国を巻きこんだ紛争に発展。1999年、NATO軍はセルビア空爆を開始。ロシアとアメリカの対立…
>>続きを読む2008年8月11日、ロシア・ジョージア戦争の休戦2日目。南オセチア自治区を巡るジョージアとロシアの衝突。同月12日には停戦が宣言されていたが、首都トビリシから60キロ離れた農村シンディシ…
>>続きを読む1941年、“バルバロッサ作戦”が開始されナチスドイツがロシアに侵攻。11月には、モスクワは大軍に包囲されようとしていた。首都郊外のヴォロコラムスクを守備していたパンフィロフ将軍指揮下の第…
>>続きを読むISに殺された兄弟の足跡を追って、トルコ・ディヤルバクルに帰ってきたジラン。町ではクルド人の自治を求める運動が激しさを増し、軍と警察が武力で抑えつけていた。家族や隣人が激しく迫害されるのを…
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